大判例

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東京高等裁判所 昭和59年(う)1745号 判決

本籍

東京都大田区久が原五丁目三二番

住居

同都港区南青山六丁目七番五号 ドミール南青山八〇七号

会社役員

吉村金次郎

昭和一七年二月七日生

本籍

東京都千代田区麹町三丁目一〇番地九

住居

同都世田谷区代田二丁目一七番三七号

無職

志賀暢之

昭和六年八月二二日生

右吉村金次郎に対する法人税法違反、業務上横領、所得税法違反、志賀暢之に対する業務上横領、所得税法違反各被告事件について、昭和五九年七月一七日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官土屋眞一出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

原判決中被告人志賀暢之に関する部分を破棄する。

被告人志賀暢之を懲役三年六月及び罰金一億円に処する。

原審における未決勾留日数中一五〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは金二〇万円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用中証人岡野今雄及び同落合敦子に支給した分は、被告人吉村金次郎と連帯して、被告人志賀暢之にこれを負担させる。

被告人吉村金次郎の本件控訴を棄却する。

理由

〔凡例〕

一  本判決では左に掲げる略称を用いることがある。

略称 正式名称

川越開発 川越開発興業株式会社

日本デベロ 日本デベロ株式会社

川越初雁C・C 川越初雁カントリークラブ

(有)初雁 有限会社初雁カントリークラブ

(有)千代田 有限会社千代田リース

ビバリー商事 ビバリー商事株式会社

ローデム 株式会社日本ローデム

国際経経 株式会社国際経営経済研究所

パレスゴルフ 株式会社パレスゴルフクラブ

二  被告人及び証人の原審公判廷における供述を原審供述と表示する。

三  株式会社名については、名称中「株式会社」を単に(株)と、有限会社名については名称中「有限会社」を単に(有)と表示することがある。なお、金融機関については(株)の表示も省略することがある。

四  川越開発興業株式会社発行名義、額面一五万円の川越初雁カントリークラブ預り金証書を単に会員券と表示することがある。被告人吉村金次郎の弁護人仙谷由人、同小川敏夫、同笠井治連名の控訴趣意書及び控訴趣意補充書では主に会員権という用語が用いられているが、これについても会員券と表示することがある。

(本件各控訴の趣意)

本件各控訴の趣意は、被告人吉村金次郎の弁護人仙谷由人、同小川敏夫、同笠井治連名の控訴趣意書(以下、被告人吉村の弁護人らの控訴趣意という。)及び控訴趣意補充書(以下、被告人吉村の弁護人らの控訴趣意補充という。)並びに被告人志賀暢之の弁護人福岡清、同桃尾重明、同山崎雅彦連名の控訴趣意書(以下、被告人志賀の弁護人らの控訴趣意という。)に、これらに対する答弁は、検察官土屋眞一名義の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

第一被告人志賀の弁護人らの控訴趣意第一の四及び第四のうち理由不備の主張について

一、(弁護人らの主張)

被告人志賀は、本件会員券の売却代金を自己の債権の弁済に充当する意思で受領したものであるから、業務上横領罪は成立せず、被告人志賀が、第一回目の分配手形が現金化されるようになった直後にそれまで関口正鑅から取得していた利息を支払わなくても良い旨関口に告げた事実、同じころ、最も強力な連帯保証人であった栗城至誠から受けていた連帯保証を解除してやった事実、債権譲渡後関口に手形を返還してやった事実、被告人志賀の川越開発に対する貸付金の金主である伊藤久美に対し高利の金利を支払い続けていた事実は、被告人志賀の債権回収の事実を示すものにほかならないのに、原判決がこれらの点についてなんら説明していないのは理由不備にあたる。

二、(当裁判所の判断)

刑訴法三三五条一項は、有罪判決に付すべき理由として「罪となるべき事実、証拠の標目及び法令の適用を示さなければならない」としているところ、原判決は原判示第二の業務上横領の事実(川越開発事件)につき、罪となるべき事実を判示し、これを認めるに足りる証拠の標目を掲記し、かつ、これに対する法令の適用を示しているから、有罪判決に必要な最少限の理由は具備しているのであって、所論のような点については、たとえその説明を欠いているとしても、理由不備にあたらない。論旨は理由がない。

第二 原判示第二の川越開発事件につき、被告人らの本件行為は債権の回収であり、業務上横領罪は成立しないとする事実誤認の主張(被告人吉村の弁護人らの控訴趣意第一の二、第二の一、二の1・2、同弁護人らの控訴趣意補充、被告人志賀の弁護人らの控訴趣意第一の一ないし三、第三並びに第一の四及び第四のうち理由不備以外の点)について

一、(被告人吉村の弁護人らの主張)

(一) 原判決は、川越開発事件において、検察官の主張の骨格が崩壊し、(有)千代田が川越開発の債権者であり、川越開発に対して債権を有し、その債権の担保に会員券が提供され、前記債権が債務不履行となった場合、被告人吉村が処分し得る担保会員券の数は弁護人の主張した数に近い二四六〇枚であったとの大筋を認定しながら、何故にか、被告人吉村は担保権を実行することなく、債権回収と離れて新規会員券を発行し、その売却代金を横領したという一大飛躍の大胆な有罪認定を行なっているが、これは重大な事実誤認である。

(二) 原判決が前記のような重大な事実誤認に陥った第一の原因は、被告人吉村における当時の、川越開発に対する債権者という立場、川越開発から担保会員券の登録請求を受け付けることを委任された(有)初雁副社長としての立場、川越開発の経営方針を左右できる程の大株主としての立場、のどれに基づいて被告人吉村が会員券売却という行為を行なったかという点についての無理解又は分析の不徹底にあり、その第二の原因は、ゴルフ会員券という単なる証拠書類にすぎない紙片をあたかも有価証券であるかのように思い込んだ点にある。

(三) 原判決が認定するように被告人吉村が売却した会員券は担保会員権ではなく、横領の犯意のもとに新規に発行した会員券を売却したものであるという事実を認めるべき客観的事実あるいは客観的証拠はない。原判決は、新規発行にかかる会員券の作成とその売却行為自体が横領の犯意を発言する行為であるかの如く述べているが、会員権証券の作成は、川越開発から委任を受けた(有)初雁の正当な行為であり、担保会員券の売却も被告人吉村の正当な行為である。

このように、原判決が横領の犯意の発現と評価する右行為は、担保会員権を表示する会員権証券の重複を整理する目的で証券を差換えるためにした新証券作成とこれに続く担保会員券の売却という評価によって十分に合理的整合性を有するものであり、横領の犯意の発現と評価するよりも自然である。したがってこの新規発行にかかる会員券の作成とその売却行為という行為自体から被告人吉村の犯意を認定することはできない。

(四) 原判決は、被告人吉村の会員券売却行為が担保会員券の処分ではない根拠として種々の理由をあげているが、それらはすべて事実を誤認しているかあるいは担保会員券の処分であることを否定する正当な根拠とならないものである。

(五) 原判決は、被告人らによる会員券売却代金の取得が債権回収であることを否定したうえで横領と認定したのであるから、原判決の論理に従えば、被告人吉村ないし(有)千代田の有する川越開発(日本デベロ)に対する債権((株)アイチ分、高橋伸幸分を含む)は回収されておらず、被告人吉村及び(有)千代田は未だ債権者であり続けなければならない筈であるが、日本デベロの申し立てた和議事件(東京地方裁判所昭和五八年(コ)第四号)において、弁護人若林秀雄が整理委員に選任され、同委員の依頼により公認会計士松下明が監査を実施したが、同会計士の監査の結果によると、(有)千代田からの借入金は、昭和五四年二月二八日において残高八〇〇〇万円であったものが、昭和五八年一月三一日において残高なしとされ、これについて「川越開発にて返済したため残高を振替」との説明が付され、高橋伸幸(被告人志賀分)、(株)アイチからの各借入金についても全く同様の処理がなされているところ、(有)千代田らの右貸付金債権について会員券売却代金の取得のほか返済がなされた事実は全くないから、右会計士の処理は日本デベロの責任者であった関口正鑅、岡野今雄の整理委員や同会計士に対する説明と彼らの提出にかかる資料に基づき被告人らの会員券売却代金取得をもって債権回収がなされた事実を認定したとしか考えられないが、そうであるとすれば、関口及び岡野が原審供述時とさほど離れていない時期に原審供述と相反する内容を公的に述べていることになり、看過できないところである。和議手続の認定との間にこのような矛盾した判断が存在することは、検察官の主張やこれに引きずられた原判決の誤りを示している。

二、(被告人志賀の弁護人らの主張)

(一) 原審において、検察官が本件会員券売却代金の受領を横領であるとする最大の論拠は、被告人吉村が処分できる担保会員券の数は一〇〇〇枚であり、仮に被告人志賀の債権額一億三五〇〇万円につき一枚二七万円と評価した五〇〇枚を加えても被告人吉村が売却した会員券の数に達しないという事実を前提とするものであったが、原判決は被告人吉村が保有する担保会員券の数は二五六〇枚(昭和五三年二月二〇日以降は二四六〇枚)と認定し、一方会員券の清算価格が二七万円と決められたか否かについても、全債権者を拘束する性質の決議として成立したとみるのは疑問を残すとしたから、検察官の主張してきた担保会員券の売却による債権回収を否定する二大論拠が崩壊し、検察官主張の論拠はほとんど潰え去ったのに、被告人ら両名は、この担保会員券と全く別個に会員券を売却して横領を遂げたと認定しているが、被告人吉村が後日残った担保会員券を他に売却したという事実があるならばいざ知らず、シュレッダーにかけて破棄している以上、債権回収と離れて全く別個の会員券を売却したと認定し犯罪の証明ありとすることは相当に疑問がある。

(二) 仮に、原判決が認定するとおり、本件で売却された会員券が担保会員権ではなく、新規発行の会員券であったとしても、被告人志賀の会員券売却代金の受領は、権限に基づく債権の回収であり、被告人志賀は業務上横領罪に問われるべきではない。すなわち、被告人吉村は川越開発の実質経営者として新規会員券を売却する権限があり、被告人志賀は自己の債権につき元本のほか利息・損害金を請求する権利を有しており、かつその売却代金を自己の債権の弁済に充当する意思で受領したものであるから、業務上横領罪は成立しない。原判決が債権の弁済に充てるためでなかったと認定した理由として挙げるところはいずれも被告人志賀の債権充当の意思を否定する理由にならない。被告人志賀が、第一回目目の分配手形が現金化されるようになった直後に、それまで関口に支払わせていた利息を支払わなくても良い旨関口に告げた事実、債権譲渡後関口に手形を返還した事実、最も強力な連帯保証人であった栗城至誠から受けていた連帯保証を解除してやった事実、被告人志賀の川越開発に対する貸付金の金主である伊藤久美に対し高利の金利を支払い続けていた事実は、被告人志賀の債権回収の事実を裏付けるものである。

三、(当裁判所の判断)

(一) (被告人吉村が本件において売却した会員券は(有)千代田等が保有していた担保会員券であり、本件は担保権の実行による債権の回収であるのに、担保権を実行することなく新規会員券を発行し、その売却代金を横領した旨認定した原判決には事実誤認がある、と主張する点―所論一の(一)ないし(四)、二の(一)―について)

1 原判決の挙示する関係証拠によれば、原判示第二の業務上横領の事実(川越開発事件)において、被告人吉村が、被告人志賀と共謀のうえ、売却処分した会員券は、(有)千代田等が保有していた担保会員券又はこれを振り替えた会員券ではなく、被告人両名の右売却代金の受領は、担保権の実行による債権の回収であるとは認められないとした原判決の認定は、結論としては当裁判所もこれを正当として是認することができる。所論にかんがみ、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて、所論の指摘する種々の問題点を十分考慮して検討しても、原判決に所論のような判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があるとは認められない。

ただし、当裁判所が、被告人吉村によって売却された本件会員券が(有)千代田等が保有していた担保会員券又はこれを振り替えた担保会員券ではないと認定するについては、原判決とはその理由を異にする点があるので、まずその点を説明することとする。

当裁判所の右認定の根拠は、(1)(有)千代田及び被告人吉村の保有していた担保会員券の枚数は、(有)千代田分が一〇〇〇枚(これを一七一〇枚と認定した原判決には事実誤認があるが、右事実誤認は判決に影響を及ぼさない。)であり、これに被告人吉村が(株)アイチから譲り受けた分を加え(なお、代物弁済に使用した分は差し引く。)ても、合計一七五〇枚にすぎないのに、被告人吉村の売却した会員券は本件起訴分だけで二七五〇枚余に達しており、しかも昭和五三年一月二一日ころにローデムに対し一挙に二〇〇〇枚もの会員券を売却していること、(2)被告人吉村が売却した会員券のうち本件起訴にかかる部分は(有)千代田等の保有していた担保会員券そのものではなく、新規発行にかかる会員券であり、かつ右担保会員券の差換えとも認められないこと、(3)被告人吉村は本件会員券売却代金を被告人志賀と折半している(ただし、実際には等分にはなっていない。)が、このような分け方は担保会員券の処分であるとすれば不合理であること、(4)被告人志賀は、昭和五四年七月九日、被告人志賀の日本デベロに対する一億三五〇〇万円の貸金債権(高橋伸幸名義、連帯保証人川越開発)が依然全額存在していることを前提に右債権等を含めた(有)フェニックス代表取締役の地位を四億円の対価で被告人吉村に譲渡していること、(5)被告人両名は、昭和五二年末ごろまでに、川越開発を完全に支配し、その会員券を自由に発行し得る地位を強固にし、自己の債権の早期回収を図るというより、この地位を利用して儲けるだけ儲けようという意図を抱き、被告人両名とも債権の回収を離れ、新規発行にかかる会員券を売却して、その代金を横領する意思であったと認められること等が挙げられる。以下、重要な点につき項を改めて補足して説明する。

2 まず、(有)千代田及び被告人吉村が保有していた担保会員券の枚数と被告人吉村が処分した会員券の枚数について検討する。

(1) 関係証拠によると、次の事実が認められる。

(有)千代田は、昭和五二年一一月一二日ごろ、日本デベロに対し、川越開発を連帯保証人とし、返済期限を同月二六日として三〇〇〇万円を貸し付け、その担保として記番号・名宛人等が白地の会員券一〇〇〇枚を、その記番号が甲二五〇〇から甲三四九九に相当するものとして受け取った(なお、右一〇〇〇枚の会員券は、同年八月八日ころ、同様三四〇〇万円を(有)千代田が日本デベロに貸し付けた際川越開発から担保として徴求したものを、右貸付金が返済となった後も(有)千代田の手許に保管していたものを充てたものであった。)が、うち甲二六〇〇から甲二七四九までの一五〇枚に代わるものとして、記号「甲」、番号は一連の続き番号ではなく飛び飛びの番号(いわゆる乱番、以下乱番という。)で記入され、また架空の名宛人等が記載され直ちに裏書譲渡の形式によって売却できる会員券一五〇枚を受け取った。

(有)千代田は、同年一一月一八日ころ、前同様日本デベロに対し、川越開発を連帯保証人とし、返済期日を同年一二月一日として二〇〇〇万円を貸し付け、その担保として前記同年一一月一二日ころの貸付けの際徴求したと同じ会員券一〇〇〇枚を充てたが、うち甲二五〇〇から二五四九までの五〇枚に代わるものとして、同年九月二七日ころの一〇〇〇万円の貸付けの際担保に徴求し、右貸付金が完済となった後も(有)千代田の手許に保管していた記号「甲」で乱番の会員券五〇枚(前同様架空の名宛人等が記入されたもの)を充て、さらにうち甲二五五〇から二五九九までの五〇枚に代わるものとして記号「甲」で乱番の会員券五〇枚(前同様のもの)を受け取った(被告人吉村の弁護人らは、右貸付けの際、甲二五〇〇から二五四九に代わるものとして昭和五二年九月二七日ころの貸付けの際受領し、右貸付金返済後も手許に保管していた乱番の会員券五〇枚を充てたとする原判決の認定は疑問であり、甲二五〇〇から二五九九までの一〇〇枚分全部について新たに授受があったと認めるべきであると主張するが、原判決の前記認定に誤りがあるとは認められない。)

結局、川越開発が第一回目の不渡りを出した昭和五二年一一月二五日当時、(有)千代田は日本デベロに対する合計五〇〇〇万円の貸付債権(連帯保証人川越開発)の担保として、記番号等の記入のない七五〇枚の会員券(甲二七五〇から三四九九に相当するもの)と二五〇枚の記号「甲」で乱番の会員券(架空の名宛人等が記載され、直ちに裏書譲渡の形式によって売却できるもの)を保有していたものと認められる。これと同趣旨に出た原判決の認定は正当であり、昭和五二年一一月二五日当時(有)千代田の保有していた担保会員券の枚数が一〇〇〇枚であることについては被告人両名の弁護人らも特にこれを争っていない。

(2) 関係証拠によると、(有)千代田は、昭和五二年一一月三〇日前同様日本デベロに対し、川越開発及び被告人志賀を連帯保証人とし、返済期限を同年一二月九日と定めて三〇〇〇万円を貸し付けたことが認められる。

右貸付けに際し、(有)千代田がこれまで担保として徴求していた前記一〇〇〇枚の会員券以外に、新たな会員券を担保に徴求したかどうかが原審において特に重要な争点となっていたところ、原判決は、川越開発の第一回目の不渡り発生後である右貸付けに際し、それまでの貸付けにあたっては会員券を担保に取っていた(有)千代田が、右の貸付けにあたって会員券を担保に取らなかったとするには疑問が残るとし、その際、被告人吉村は岡野今雄の了承のもとにその担保として手許に保管していた合計七一〇枚の会員券を充てることとした旨認定する余地もないとはいえないとし、昭和五二年一一月三〇日当時(有)千代田の保有していた担保会員券は合計一七一〇枚となる公算が大であるとしているのであるが、当裁判所は、原判決の右認定を是認することはできない。

(3) 昭和五二年一一月三〇日の三〇〇〇万円の借入れの交渉は、川越開発側の岡野今雄と(有)千代田側の被告人吉村との間で行なわれ、途中から被告人志賀が加わったものであるので、まずこれらの関係者の供述とこれを裏付ける証拠物等について検討する。

証人岡野の原審供述によれば、同人は本件貸付けの際、新たな会員券を担保に差し入れたことはない、前に担保に入っている一〇〇〇枚でいいということだったと明確に供述している。

次に、被告人志賀の原審供述によると、同人は、この時追加の会員券を担保に取ったかどうか知らないと供述しているが、この時、同人が作成した念書(東京高裁昭和五九年押第五六六号符号六四号)第三項の「又同社が別途担保として差入れてある会員券の売却代金を減算いたします。」の意味につき、「このとき吉村さんは五〇〇〇万円ほどの金をすでに貸してその担保として会員券をたくさん持っていられた。このとき貸倒れが起きましてこの三〇〇〇万円分が貸倒れになる。三〇〇〇万円が貸倒れになるということは八〇〇〇万円が全部貸倒れになるということで、その八〇〇〇万円が貸倒れになったそのときに吉村さんが三〇〇〇万円は志賀の担保で貸しているんだと、自分が持っている会員券は五〇〇〇万円のほうの担保なんだとこう仮に言われてそれで会員券をどんどん処分しながらも、それは五〇〇〇万円の回収であると主張されて三〇〇〇万円分についてはお前の方の担保を処分して金を返せと言わないでくれという意味で、吉村さんが会員券を処分したとしたならば、それもこの三〇〇〇万円の貸金のほうから充当して貰いたい。そして回収できなかった分についてはやむを得ないから私がこういう方法で担保いたしましょうとそういう意味で書いた第三項でございます。」と供述している(原審第三七回公判)ことから考えると、被告人志賀の供述の意味するところは、本件貸付けの際新たな会員券が担保に供されたことはなく、従前の五〇〇〇万円の担保に供されていた一〇〇〇枚の会員券が本件三〇〇〇万円の貸付けの担保にも供されたという意味に解されるのである。

これに対し、被告人吉村は原審第五二回公判及び公判準備において、当時預っていた七五〇枚余りの会員券を担保にとった旨供述し、さらに「以前に入っていたものをそのまま担保という形で新規の貸付けに対する担保ということで充当していいねという約束だけは間違いなくした記憶があります」と供述しているのであるが、他方、原審第四九回公判においては、検察官の「この時にね、新たに担保会員券を取ったということはないんですか。」という問に対し、「僕は記憶が・・・・、その時に確か会員券を最初に岡野さんが三〇〇〇万借りられる時持って来られたような気がするんですけれども、ちょっと記憶がないんですけれども。」と供述し、さらに検察官の「今の記憶、正確なところによると一一月三〇日の時には担保会員券の増加はない、ということですか。」との問いに対し、「はい」と答え、「それ以前に千七百五、六十枚の担保会員券を五〇〇〇万円の担保として取っていた。こうなるわけですか。」という問いに対し、「はい」と答えていること、被告人吉村の原審供述は、本件貸付けの際会員券を担保に取ったかどうか、担保にとった会員券は手許に保管していたものか新しく持って来たものか、その会員券の枚数などの点で転々としていることなどを考え合わせると、被告人吉村は本件貸付けの際会員券を新たに担保に取ったかどうかにつき明確な記憶がないことが窺われるから、被告人吉村の「当時預っていた七五〇枚余の会員券を新規の貸付けの担保に充当するという約束だけは間違いなくした記憶がある」との原審第五二回公判及び公判準備における供述は信用できず、同被告人の当時預っていた七五〇枚余の会員券を担保に取った旨の供述は信用性に乏しいというべきである。

次に、証拠物等について検討するに、昭和五二年一二月に開催された川越開発の債権者集会の席上配布された資料(前同押号符号五七号の一般債務一覧表等一冊中の三の〈5〉)に、(有)千代田の担保会員券の枚数が一〇〇〇枚である趣旨の記載があることが重要である。関係証拠によれば、右資料は債権者集会の前に岡野によって作成されたものであるが、被告人吉村らの弁護人らは、証人岡野の原審供述及び岡野作成の資料につきその信用性がない旨主張しているところ、確かに岡野は被告人両名に川越開発を乗っ取られ、その取締役の地位を追われたことから、被告人両名に対し悪感情を持っていることは当然に予想されるところであって、証人岡野の原審供述については十分その信用性を検討する必要があるのであるが、右債権者集会に配布された資料を作成した時点においては、岡野が被告人両名に悪感情を抱いていたことは窺われず、かつその作成時期も本件貸付け後間もなくのことであるから、右資料の記載が全く誤りである可能性は少ないというべきである。

次に、債権者本郷英夫ほか一名、債務者(有)初雁ほか一名間の浦和地方裁判所川越支部昭和五四年(ヨ)第一六号賃貸借契約効力停止等仮処分申請事件の答弁書添付の疎丙九号証「一般債務一覧表」(仙谷由人の検察官に対する供述調書に添付されているもの)に、(有)千代田の担保会員券の数が一二〇〇枚と記載されていることを挙げることができる。被告人志賀の検察官に対する昭和五七年五月四日付供述調書によれば、右一般債務一覧表は、被告人志賀が、前記仮処分申請事件において、被告人両名が新会員券の売却を勝手に懐に入れているのではないという言い訳として使った疎明資料であって、被告人らの売却した会員券の数に合わせるため(有)千代田の担保会員券の数を水増しして記載したものであるというのであるから、その資料の性質上(有)千代田の担保会員券の数が実際より少なく記載されていることは考えられないから、これまた本件貸付けの際七一〇枚の会員券が新たに担保に差し入れられていないことを示す有力な資料といえる。

最後に、もし七一〇枚の会員券が新たに担保に供されたとすれば、当然作成されていなければならない筈の川越開発の譲渡承諾書・念書が作成されていないことを挙げることができる。取締役会議事録については、原判決も指摘するように本件貸付けが緊急のものであったため作成されなかったものと考え得るにしても、この種の会員券の担保差入れについての不可欠の書類である譲渡承諾書等が作成されていないことは、本件貸付けに際し会員券が新たに担保に差し入れられていないことを示す有力な徴憑であると考えられる(ちなみに、従前の五〇〇〇万円の担保に差し入れられていた一〇〇〇枚の会員券を本件貸付けの担保にも取る場合には譲渡承諾書等の書類の差入れは必要でないと考えられる。昭和五二年一一月一八日ころの貸付の際も譲渡承諾書等は差し入れられていない。)。

なお、被告人吉村の弁護人らは岡野の検察官に対する昭和五七年四月二五日付供述調書添付の資料4(昭和五二年一二月二一日付委任状(写)に、「但し債権者に担保として差入中の約三四〇〇枚」と記載してあることが、(有)千代田の保有していた担保会員券の数が約一七〇〇枚あったことを裏付けると主張するのであるが、関係証拠によれば、当時川越開発が(有)千代田以外の債権者に担保として差し入れていた会員券は弁護人ら主張の一七〇〇枚(被告人吉村の弁護人らの原審における弁論要旨六一丁ないし六二丁)のほか大生相互銀行に五〇〇枚差し入れられていたことが認められるから、右委任状(写)を所論に沿う証拠であると認めることはできない(右委任状は、前同押号符号五七号一般債務一覧表等一冊中の三の〈5〉の資料のように、銀行関係者を除いた債権者による債権者集会に提出された資料のようなものではなく、川越開発が担保差入れ中の全会員券につき登録業務を委任する趣旨のものとみざるを得ないから、銀行関係に差し入れられた担保会員券を除外して枚数を記載する根拠はないと考えられる。)。

(4) このように見てくると、原判決の認定するように本件貸付けの際(有)千代田の手許に保管されていた七一〇枚の会員券を担保に差し入れたと認めるに足りる証拠はないというべきである。

確かに、原判決が指摘しているように、本件貸付けは川越開発がすでに第一回目の不渡りを出した後の融資であるから、それまでの貸付けにあたり毎回会員券を担保に取っていた(有)千代田が本件貸付けの際なんら会員券を担保に取らなかったとすると奇異の感を免れないとするのも一応もっともであるといえなくはない。

また、被告人吉村が、原審(第四九回公判)において、本件は第一回目の不渡りを出した後の融資であるから、金融業者としては、より安全に、より容易に回収できるような方法を講じ、取れるだけの担保は取る、取れるだけの保証人は取るというのがセオリーであり、当然行なうべき業務はきちんとやっていると思う旨供述していることも一応もっとものようである。

しかし、そのことは、本件貸付けに際し一切会員券を担保に取らなかったとすれば不自然であるというに止まるのであって、本件貸付けにあたってこれまでの五〇〇〇万円の貸付けの担保に取っていた一〇〇〇枚の会員券以外の新たな会員券を担保に取っている筈であるということとは直ちに結びつかないのである。すでにみてきたように昭和五二年一一月一八日ころの二〇〇〇万円の貸付けの際には、先の三〇〇〇万円の貸付けの際の担保に取られた一〇〇〇枚の会員券が右二〇〇〇万円の担保にも充てられているのであって、同じ一〇〇〇枚の会員券が本件三〇〇〇万円の貸付けの担保にも充てられたとしても、その会員券に担保余力がある限り、なんら矛盾はないのである。

関係証拠によれば、本件会員券は当時一枚二〇万円位で処分可能であったことが認められるから、一〇〇〇枚で二億円となり、安全性のために将来の若干の値下りを見込んでおく必要があるとしても、八〇〇〇万円の貸付けの担保として不足するところはなかったというべきである(ちなみに、前同押号符号五七号一般債務一覧表等一冊中の三の〈5〉の資料により、会員券一枚あたりの被担保債権の額を比較してみると、(有)千代田は、八〇〇〇万円に対し一〇〇〇枚であって、寿産業についで一枚あたりの被担保債権の額が低いことが分かる。)。

(5) 以上の検討の結果を総合して考察すると、本件貸付けの際(有)千代田が手許に保管していた七一〇枚の会員券を新たに担保に取ったとは認められず、本件貸付けの際会員券が担保に供されたとしても、それは従前の五〇〇〇万円の貸付けの担保に差し入れられていた一〇〇〇枚の会員券が本件三〇〇〇万円の貸付けの担保にも充てられたものと認めるのが相当である。

そうすると、本件貸付けに際し(有)千代田が手許に保管していた七一〇枚の会員券を担保に充てたとする原判決は事実を誤認したものというべきであるが、原判決は結局被告人吉村による本件会員券の売却は、担保会員券の売却ではない旨認定しているのであり、当裁判所も結論としてこの認定を正当と認めるから、原判決の右事実誤認は判決に影響を及ぼさない。

(6) 関係証拠によれば、被告人吉村が(株)アイチから寿産業名義の四〇〇〇万円の貸付金債権の元本部分を譲り受け、同社が保有していた担保会員券八五〇枚を譲り受け、右貸付金債権譲渡代金中の一〇〇〇万円を(株)千代田の保有する担保会員券一〇〇枚で代物弁済したとする原判決の認定は正当であると認められる。

(7) なお、被告人吉村の弁護人らは、原判示第二の五(第二の七罪となるべき事実3)の会員券三〇〇枚(昭和五三年一二月に落合にローデムに交付させたもの)は、被告人吉村が被告人志賀の了承を得て、同被告人の一億三五〇〇万円の貸付金債権の元本又は利息の弁済に充てる趣旨で一枚二七万円で発行し売却したものである旨主張しているが、この事実は当事者である被告人志賀自身が強く否定しているところであるばかりでなく、もし被告人志賀の債権につき所論のような会員券が発行され、売却処分されたとすれば、それによって被告人志賀の債権の元本がそれに相当する額(八一〇〇万円)減少していなければならない(右債権の利息・遅延損害金については、被告人志賀は原判示第二の七の1、2の会員券売却代金等を充てたと主張しているので、これが利息に充てられたとは考えられない。)のに、そのように取り扱われている事実は全くないから、所論のような事実があったとは認められない。

(8) 以上のとおり(有)千代田及び被告人吉村の保有していた担保会員券の数は(株)アイチからの譲受分を含めて合計一七五〇枚であったと認めるべきである。

これに対し、関係証拠によれば、被告人吉村の売却した会員券の数は本件起訴分だけで二七五〇枚以上にも達していること、被告人吉村はこれ以外にも若干の会員券を売却していること、被告人吉村は昭和五三年一月二一日ころにローデムに対し一挙に二〇〇〇枚の会員券を売却し、しかもこれと並行して自ら若干の会員券を売却し、あるいは知人の石丸らにも会員券の売却をさせていたことが認められるのであって、これらの事実からすれば、被告人吉村は担保会員券の数など考慮することなく売れるだけの会員券を売却しようとしていたものと認めざるを得ない。しかも本件起訴分の会員券のうちどの部分が担保会員券の処分であるかという対応関係も全く明らかにされていない事実を加えれば、結局被告人吉村による会員券の売却(本件起訴分)はすべて担保会員券の処分ではないことを示す有力な徴憑があるというべきである。

3 関係証拠によると、被告人吉村の売却した会員券(本件起訴分)は、(有)千代田又は被告人吉村の保有していた担保会員券(これを旧券という。)そのものではなく、被告人両名が川越開発の実権を掌握した以後に新規に発行されたもの(これを新券という。)であることが認められる。このこと自体は被告人吉村及び被告人志賀の弁護人らも特に争わないところである。被告人吉村の弁護人らはそのことを前提として、この新券は(有)千代田及び被告人吉村が保有していた担保会員券と差換えられたもので、依然担保会員券であると主張している。

しかし、関係証拠によると、被告人吉村の売却した新券の枚数は本件起訴分だけで二七五〇枚以上に達しているところ、(有)千代田及び被告人吉村の保有していた旧券の数は(株)アイチからの譲受分を含め(なお、(株)アイチへの代物弁済分一〇〇枚を差し引く。)ても一七五〇枚であり、被告人吉村は別に少なくとも四九枚の旧券を売却しているので、被告人吉村が新券と差換え得る旧券は一七一〇枚しかないのに、被告人吉村の売却した新券のうちどの部分が旧券の差換えであるのかその対応関係が一切明らかにされていないこと、その売却の態様をみても、昭和五三年一月二一日ころに一挙に二〇〇〇枚もの新券を売却しており、かつそのどの部分が旧券の差換えであるかという対応関係が一切明らかにされていないことが認められるのであって、これらの事実からすれば、被告人吉村の売却した新券が旧券の差換えであるとは認められない(なお、この点については後に詳しく説明する。7参照)。

4 関係証拠によると、被告人両名は、後に認定するとおり、昭和五三年一月四日から一一日の間に被告人志賀のハワイの別荘においてなされた共謀において、被告人吉村の売却する会員券代金についても、これを二人で平等に折半する(後記のようにこれを被告人両名は「ランバン」と称していた。)旨の取決めを行い、被告人両名はこの取決めに従い本件会員券売却代金等を折半した(それが実際には等分になっていないのは、昭和五三年一月二一日ころローデムに売却した会員券二〇〇〇枚につき、被告人吉村は、真実は一枚一五万円、合計三億円で売却したのに、被告人志賀に対しては合計二億円で売却したように装い、一億円を一人占めにし、残る二億円だけを折半したことと、被告人志賀が、被告人吉村が負担した(株)アイチの四〇〇〇万円の債権の肩代り分の半分を負担すべく、分配を受けた二〇〇〇万円の約束手形一通を被告人吉村に譲渡したことによる。)ことが認められるところ、被告人吉村の売却した会員券が担保会員券であるとすれば、それらは(有)千代田及び被告人吉村の保有するものであるから、被告人志賀にその売却代金の半分を分配すべきいわれはない(被告人志賀の弁護人らは、原審において担保共用の約束があったと主張しているが、そのような事実は認められない。)。また、昭和五二年一一月一二日ころの三〇〇〇万円の借入れの際、川越開発が(有)千代田に差し入れた譲渡承諾書(前同押号符号四六号)に「万一債務不履行の場合に上記証書を貴社の任意に選任する第三者に譲渡転売されても一切の異議なく、転売価格等についても貴社に一任し、その場合名義変更料、登録料等一切の費用を要求せず、借入金及び金利に充当し債務額に不足が生じた時は、その不足分を別途支払いいたします。」旨の記載があること及びこの時担保に差し入れられた一〇〇〇枚の会員券が同月一八日ころの二〇〇〇万円の借入れの際の担保にも供されていること(同じ一〇〇〇枚の会員券が同月三〇日の三〇〇〇万円の借入れの際の担保にも供されている可能性があることは前に認定したとおりである。)を考え合わせると、本件担保会員券は債務不履行の場合債権者がこれを当然に代物弁済として取得するものではなく、担保会員券を第三者に売却し、その換価額が債権額(利息・損害金を含む。)と不一致であるときはその清算をしなければならないものと認められる(岡野今雄の検察官に対する昭和五六年一〇月一日付供述調書添付資料〈5〉の譲渡担保契約書の記載等によれば、被告人吉村が(株)アイチから譲り受けた担保会員券についても同じであると認められる。)。

そうすると、被告人吉村としては、会員券売却代金を自己の貸付金債権元本・利息・損害金に充当して残余があるときは、これを担保権設定者(川越開発)に返却しなければならないのであって、これを勝手に被告人志賀に分け与えることは許されない筋合である。

被告人吉村は、原審公判廷において、コースの運営に対する謝礼等として支払ったものである旨供述し、被告人吉村の弁護人らは会員券の相場維持のためにはコースの運営管理が重要であることをるる主張するが、そのようなことはコースの運営管理にあたっている(有)初雁社長としての被告人志賀の給与等の面で考慮すべき問題であって、債権者ないし担保権者が担保会員券の売却代金の半分を分け与えることを正当化するものではない。

もし、債権者ないし担保権者としての(有)千代田又は被告人吉村が、コースの運営管理を担当している被告人志賀に対しこのような多額の謝礼をすることが所論のように当然のことであるとすれば、(有)千代田又は被告人吉村以外の債権者ないし担保権者が担保会員券を処分した場合にも同様多額の謝礼を支払っていなければならない筋合いであるが、記録上そのような支払いがなされていることを窺わせる形跡は認められない。

そうすると、被告人吉村が売却した会員券の売却代金を被告人両名が折半している事実(ただし、前記のような事情から等分にはなっていない。)は、被告人吉村による本件会員券の売却が担保会員券の処分でなかったことを示す重要な徴憑であるというべきである。

(被告人吉村の弁護人らは、ランバン額に関する被告人志賀の供述につき、同人は常に自己の利得を過少に供述しているため信用できず、被告人志賀の供述をもとにローデムに対する会員券売却代金三億円中の一億円を被告人吉村が別個単独に取得したとする原判決の認定は、被告人志賀の供述の信用性の評価を誤り、事実を誤認したものである旨主張しているが、ローデム副社長である証人戸田浩の原審供述によれば、ローデムでは二〇〇〇枚の会員券の代金三億円を最初三〇〇〇万円の約束手形一〇枚で支払ったところ、被告人吉村の要請で三〇〇〇万円の約束手形を二〇〇〇万円と一〇〇〇万円の約束手形に書き換えたこと、同人が被告人吉村から金額については被告人志賀に内緒にして貰いたい、もし聞かれたら一〇万円と言って欲しいと頼まれたことが認められるのであって、所論の点に関する被告人志賀の供述には確かな裏付けがあり、十分信用することができる。原判決には所論のような事実誤認はない。)

5 次に、被告人両名の意思について検討する。

まず、関係証拠によると次の事実が認められる。

(1) 川越開発は、昭和五二年一一月二五日第一回目の不渡りを出して事実上倒産したが、その当時(有)千代田は日本デベロに対し川越開発を連帯保証人とし、会員券一〇〇〇枚を担保として五〇〇〇万円を貸し付けており、被告人志賀は日本デベロに対し川越開発を連帯保証人として、高橋伸幸名義で一億三五〇〇万円を貸し付けていた。被告人志賀の右債権については、北海道虻田郡の山林約四二万坪、川越駅前のデベロビル及び駐車場が担保に供されていた。

(有)千代田は、同月三〇日前記のように日本デベロに対し、川越開発及び被告人志賀を連帯保証人として三〇〇〇万円を貸し付けた。

(2) 同年一二月に開催された川越開発の債権者集会において、被告人志賀が債権者委員会の委員長、被告人吉村がその副委員長となり、川越開発の従来の経営者から債権者委員会に川越開発の経営が委ねられたことから、被告人両名は川越開発の実質経営者となった。

被告人両名は、被告人志賀を代表取締役社長、被告人吉村を取締役副社長とする(有)初雁を設立して川越開発の経営するゴルフコース(川越初雁C・C)の営業権を賃借するとともに、川越開発の年末資金の不足に乗じ、川越開発の資本金を二五〇〇万円から七五〇〇万円に増資させ、増資分の五〇〇〇万円を全額(有)初雁で引き受け、(有)初雁が、川越開発の発行済株式の三分の二を所有する株主となったことにより、昭和五二年末ごろまでに、川越開発のオーナー兼実質経営者としての地位を強固にするとともに、他の債権者の代表として(有)初雁の経営に参画していた戸村一男及び遠藤正敏に対し過大な経費負担を強いることによってその経営から手を引かせ、事実上他の債権者からの容喙を受けることなく川越開発を自由に経営し得る地位を固めるに至った。

(3) 昭和五三年一月四日から一一日の間、被告人吉村は先にハワイに赴いていた被告人志賀の別荘を訪ねて滞在したが、この間被告人両名は(有)初雁の経営について話合い、被告人志賀が主としてコースの運営管理を担当し、被告人吉村が主として会員券関係の業務や年会費の徴収等の業務を担当することを再確認するとともに、その利益の分配については、会員券の売却代金についてもコース関係の収入についてもすべてこれを平等に折半することを協議し取決めた。

被告人両名は、このように会員券の売却代金についても、コース関係の収入についても平等に折半することを「ランバン」と称していたが、その理由は、フランスの有名ブランド「ランバン」の商標が真ん中から左右対称に二つに分れて行く形をしているところから、何でも二人で折半することをランバンと称していたのであった。

(4) 被告人吉村は、ビバリー商事を経営していた当時(株)ニューセントアンドリュースに高利の金を融資し、その会員券を売却して多額の利益を得たことがあり、またゴルフ場が多数の会員から入会金あるいは年会費という名目で何億円もの金を無利息で集め、これを自由に運用でき、同被告人の営む金融業の有力な資金源となるところから、かねてその経営に強い魅力を抱いていたが、今回川越開発の実質経営者となり、ゴルフコースを経営するとともに会員券を自由に発行できる地位を得たところから、川越開発を資本的に支配するなどしてその地位を強固にしたうえ、この地位を利用し会員券を売却してできるだけ儲けようという意思であった。被告人吉村は、当時(有)千代田名義で一〇〇〇枚の担保会員券を保有していたが、(有)千代田の保有する担保会員券であればその売却代金を被告人志賀と折半するいわれはないところから、被告人吉村には(有)千代田の保有する担保会員券を売却して債権を回収する意思はなく、債権の回収を離れ、川越開発の新規発行にかかる会員券を売却して横領する意思であった。

(5) 被告人志賀は、被告人吉村が(株)ニューセントアンドリュースの会員券を売却して多額の利益を得ていた当時、同被告人から「ゴルフ会員券の発行というのは現代の錬金術だ。ゴルフ場を経営している会社でなかったら当然倒産しているような会社でもゴルフ場を経営している会社ならば会員券をどんどん発行して何とか生き延びている。会員券というのは株式と違って枚数の制限もないし、発行についてもなんら法律上の制限はない。会員券を売っても原価は印刷代だけで丸儲けができる」という話を聞いたことがあり、被告人吉村が今回会員券を自由に発行できる地位を得たことから、その地位を利用して会員券を売れるだけ売って儲けようとしている意図を察知したが、その儲けを被告人吉村だけに一人占めさせるいわれはないと考え、会員券売却代金についてこれを折半することを協議し取り決めたものであった。すなわち、被告人志賀としても(有)千代田の保有する担保会員券の売却であれば、その代金を折半するいわれはないところから、被告人吉村は(有)千代田の保有する担保会員券を売却して債権を回収する意思ではなく、債権の回収を離れ、新規発行にかかる会員券を売却して横領する意図であることを了解しながら、被告人吉村に儲けを一人占めさせるいわれはないと考え、その売却代金を折半することを取り決めたの手であった。

以上の事実が認められる。

右認定の事実によれば、被告人両名は被告人志賀のハワイ別荘において話し合った際、被告人吉村の売却した会員券代金についても平等に折半することを協議し取り決めたのであるが、もし(有)千代田の保有する担保会員券を売却するのであれば、その売却代金を折半するいわれは全くないことから、被告人吉村が売却するのは(有)千代田の保有する担保会員券ではなく、川越開発の新規発行にかかる会員券であることを相互に了解のうえ、会員券売却代金の折半を取り決めたものと認められる。また、被告人吉村が(有)千代田の債権を回収する意思であるとすれば、当然(有)千代田の保有する担保会員券を売却する筈であるから、被告人吉村が(有)千代田の保有する担保会員券ではなく川越開発の新規発行にかかる会員券を売却する意思である以上、債権の回収を離れ横領する意思であったことは明らかであり、被告人志賀もそのことを熟知しながら、儲けを被告人吉村に一人占めにさせるいわれはないと考え会員券売却代金の折半を取り決めたものと認められる。

被告人吉村はハワイにおける右取決め後、前記認定のとおり昭和五三年一月二一日ころにローデムに一挙に二〇〇〇枚の会員券を売却し、さらに自ら別に会員券を売却しまた知人の石丸らにも会員券を売らせていたのであって、このことは、被告人吉村が(有)千代田等の保有する担保会員券の枚数など考慮することなく、売れるだけの会員券を売る意思であったことを示すものであって、被告人吉村が担保会員券売却の意思でなかったことを裏付けるものというべきである。

6 被告人吉村の弁護人らは、原判決は、被告人吉村の当時の、川越開発に対する債権者という立場、川越開発から担保会員券の登録請求を受け付けることを委任された(有)初雁副社長としての立場、川越開発の経営方針を左右できる程の大株主としての立場、のどれに基づいて被告人吉村が会員券売却という行為を行なったかについて無理解又は分析の不徹底の結果、業務上横領の事実で被告人を有罪とする事実誤認に陥ったものであると主張する。しかしながら、川越開発事件においては、検察官は、被告人吉村が、川越開発の実質経営者として、同じ立場にある被告人志賀と共謀のうえ、川越開発の新規発行にかかる会員券の売却代金を横領したとして被告人吉村を起訴し、これに対し被告人吉村とその弁護人は、被告人吉村は川越開発の債権者としての立場から担保会員券を売却した旨主張したため、原審においては右争点について十分審理が行なわれ、原判決は被告人吉村の本件会員券売却は債権者としての立場による担保会員券の売却ではなく、川越開発の実質経営者たる地位に基づく新規発行にかかる会員券の売却代金の横領である旨認定しているのであって、原判決の右認定は、結論としては当裁判所もこれを正当として是認することができる。したがって、原判決には所論のような誤りはない。

7 被告人吉村の弁護人らは、原判決はゴルフ会員券という単なる証拠書類にすぎない紙片をあたかも有価証券であるかの如く思い込んだ結果、前記のような重大な事実誤認に陥ったものであると主張する。

そこで、本件会員券の法律的性質について検討を加える。

わが国におけるゴルフ場の経営形態には種々のものがあるが、関係証拠によれば川越開発の経営する川越初雁C・Cは、いわゆる預託金会員組織のゴルフ場であると認められる。すなわち、川越初雁C・Cの会員となろうとする者は、川越開発及び川越初雁C・Cの代表者に対して入会を申し込み、その入会承認と所定の預託金の預託を経て、会員としての契約上の地位を取得するのであるが、その地位の内容として、会員は川越初雁C・Cのゴルフ場施設をクラブ規定に従い優先的に利用し得る権利及び年会費納入等の義務を有し、入会に際し預託した預託金(「預り金」)を五年の期間経過後は退会とともに返還を受けることができ、また、以上のような内容を有する契約上の地位、すなわち会員権を他人に譲渡することができるが、川越開発及び川越初雁C・Cに対する関係では、所定の名義の書換えをすることが必要である(いわゆる預託金会員組織のゴルフ会員権の法律的性質につき、最高裁昭和五〇年七月二五日第三小法廷判決・民集二九巻六号一一四七頁参照)。そしてこのような会員権を表示するため発行される証券が預託証券である「川越初雁カントリークラブ預り金証書」すなわち本件会員券にほかならないのである。

このような預託金会員組織のゴルフ会員権と預託証券の関係については、一般に預託証券は単に証拠証券にすぎないと解されており、本件の場合についても、特にこれ別異に解すべき必要はない。

このような一般的な形で考えるかぎり、重要なのは、実体上の権利としてのゴルフ会員権であって証券ではなく、その権利の特定についても権利の実体を基準とすべく、預託証券の同一性が直ちにその特定性に影響するものではない。しかし、このような場合であっても、特定の会員が権利内容の同一な複数の会員権を有しているときには、会員登録番号(名義書換えがなされているとき)あるいは預託証券の同一性がその権利の特定のために必要となることがあろう。

ところが、関係証拠によると、昭和五二年一一月一二日ころ、(有)千代田が日本デベロに対し川越開発を連帯保証人として三〇〇〇万円を貸し付けた際、川越開発が担保に差し入れ、同月一八日ころの二〇〇〇万円の貸付けの際の担保にも供されている一〇〇〇枚の会員券(この会員券が更に同月三〇日の三〇〇〇万の貸付けの際の担保にも供された可能性があることは前記認定のとおりである。)のうち、七五〇枚は記番号、名宛人欄等が白地の会員券であり、二五〇枚は記番号、名宛人の記載はあるが、その名宛人は全くの架空人であって、そのいずれについても、担保差入れの時点では、会員になろうとする者からの入会申込みも、これに対する承諾も、また預託金の預託もなされていないため、これらの証券に表示され、又は表示されるべき実体的なゴルフ会員権は存在していないのである。したがって、このような会員券の担保差入れの効力については、重大な疑問があるといわざるを得ない。

しかし、右一〇〇〇枚の会員券の担保差入れにあたっては、連帯保証人であり担保設定者でもある川越開発(本件会員券の発行及び名義書換えの権限を持つ。)と債権者の(有)千代田の間に、日本デベロの前記債務につき、万一債務不履行の場合には、右会員券を(有)千代田の任意に選択する第三者に販売して債務の弁済に充当することができ、その会員券を買い受けた第三者から名義書換えの要求があった時は、名義変更料等一切の費用を要求せずこれに応ずる旨の約定がなされている(前同押号符号四六号の譲渡承諾書及び前同押号符号四七号の念書)ため、この会員券を買い受けた(本件は、実際には新会員の募集であり会員券の譲渡ではないのであるが、後述するように既存の会員券の譲渡の形式がとられていた。)第三者から名義書換えの請求があったときはこれに応ぜざるを得ず、名義書換えがなされれば会員としての実体的な権利関係が成立するものと考えられる。

この場合、担保会員券の処分による弁済によって従来の債務(利息・損害金を含む。)が消滅し、一方新たに預託金返還債務が発生するので、従来の借入金債務が預託金返還債務に振り替えられることになろう(この場合、従来の債務の減少した額と預託金債務の額が一致すれば問題はないが、一致しない場合の経理上の処理が問題となるが、ここでは触れない。なお、以上において検討したところは、被告人吉村が(株)アイチから譲り受けた担保会員券についても同様である。)。

このようにみてくると、本件担保会員券は、その担保差入れの時点では実体的な権利関係を伴わないものであるが、会員券の発行権限を持つ者と担保権者との間で債務不履行の場合、担保権者が第三者に任意に処分することができ、これを買い受けた第三者から名義書換えの請求があった時は異議なくこれに応じる旨が約されているので、事実上担保としての機能を有することは明らかであり、法的にも一種の将来の権利の担保差入れとしてその効力を認める余地があると考えられる。

被告人吉村の弁護人らは、原判決が会員券の同一性を重視したことをとらえ、会員券を有価証券視したとか物神崇拝であると非難するが、本件会員券のように担保差入れの時点では、それに表示され又は表示されるべき実体的なゴルフ会員権が存在しない場合にあっては証券の同一性を重視せざるを得ないことは当然であって、これをもって原判決が会員券を有価証券視したものとはとうてい解されない。なお、前述のように将来の権利を表示するものという面からみても、その将来の権利とは、「当該会員券を買い受けた者が名義書換えを了した時点で取得する権利関係」であって、その権利自体の個別性・特定性は証券の同一性に依存せざるを得ないのである。

次に、被告人吉村の弁護人らは会員権証券は単に会員権の存在を証する証書にすぎないから、その差換えを制限する法規定は存在せず、当事者の合意によって自由になし得るものであるのに、原判決が差換えを有効とするには新旧両券の対応関係を個別的・具体的に明確にしておくことが必要であるとしているのは、本来存在しない有効要件を創造したもので決定的な誤謬を犯したものである旨主張する。

前に検討したように、実体的権利関係としてのゴルフ会員権が実在し、これを表示するものとして会員権証券が発行されている通常の場合を前提とすれば、所論のいうところは必ずしも不当ではない(もっとも、実体的な権利関係が特定すれば、証券の対応関係はそれによって明らかになるので、特に証券の対応を要求する必要がないのにすぎない。)が、本件会員券の如く、現在の実体的なゴルフ会員権を表示するものではない場合については、証券によってその権利関係を特定せざるを得ないのである。もっとも、本件ゴルフ会員券の如く、現在の実体的な権利関係を表示せず、ことにその大半が記番号・名宛人欄が白地のものである場合について、新券と旧券の対応関係を具体的・個別的に明らかにしておくまでの必要はなく、差換えの対象となる新券と旧券が特定できる程度の対応関係を明らかにしておけば足りるものと解されるから、この点に関する原判決の判示は必ずしも適切ではないが、関係証拠によれば本件においては新券と旧券との対応関係は一切明らかにされていないのであるから、被告人吉村の売却した新券を旧券の差換えと認めることはできない。

次に、被告人吉村の弁護人らは、原判決は、被告人らが川越開発の新規発行にかかる会員券の売却代金を横領した旨認定したが、これは会員権と会員権証券の性質を正しく把握したものではないと主張する。

そこで、検討するに、関係証拠によると被告人吉村の本件会員券売却は、実質は新規会員の募集にほかならないのであるが、川越初雁C・Cはいわゆる河川敷のゴルフ場であり、河川敷のゴルフ場については当時建設省(関東地方建設局長)の行政指導により新規会員の募集は認められていなかったため、被告人吉村は、名宛人欄に架空の氏名を記載した会員券を、川越開発の手許にある既存の会員券のように装って売却したものと認められる(原判決もその旨を認定している。原判決四四頁参照)ところ、原判決が「新規発行にかかる会員券の売却代金」ということの趣旨も、結局前記のような趣旨を結論的に表現したものと解されるから、原判決には所論のような誤りはないというべきである。

(二)(本件で売却された会員券が担保会員券ではなく、新規発行の会員券であったとしても、被告人志賀の会員券売却代金の受領は権限に基づく債権の回収であると主張する点―所論二の(二)―について)

1 記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討するに、関係証拠によると、被告人志賀は、川越開発の債権者委員会の委員長として、同副委員長の被告人吉村とともに川越開発の実質経営者となり、本件会員券を自由に発行し得る地位にあったものであるが、昭和五三年一月四日から一一日の間に被告人志賀のハワイの別荘において、被告人吉村と協議し、同被告人の売却する会員券代金を平等に折半することを取り決め、その取決めに基づいて原判示の会員券売却代金等を折半(実際には等分になっていないこと及びその理由については前記認定のとおりである。)していたものであるところ、被告人志賀は、被告人吉村が川越開発の実質経営者として会員券を自由に発行できる地位を利用し会員券を売れるだけ売って儲ける意思であり、債権の回収を離れ横領する意思であることを了知していたが、被告人吉村に儲けを一人占めさせるいわれはないと考え、被告人吉村の売却する会員券代金を折半することを同被告人と取り決め、この取決めに従って原判示の会員券売却代金を折半していたものであって、被告人志賀も債権回収を離れ横領する意思であったと認めるのが相当である(なお、(一)の5参照)。さらに、被告人志賀は、本件会員券代金の分け前一億一八一六万円余を受領しているほか、鉢形関係収入二〇〇〇万円(第五の二参照)、コースの営業収入の分け前を受領しているのに、被告人志賀の日本デベロに対する一億三五〇〇万円の債権(高橋伸幸名義)がいぜん全額存在していることを前提に右債権を含めた(有)フェニックスの代表取締役の地位を四億円の対価で被告人吉村に譲渡しているのであって、このことは被告人志賀に債権回収の意思がなかったことを裏付けるものというべきである。

2 (1) 被告人志賀の弁護人らは、被告人志賀が第一回目の分配手形が現金化されるようになった直後に、それまで関口正鑅に支払わせていた利息を支払わなくてもよい旨関口に告げた事実、債権譲渡後関口に手形を返還した事実、栗城至誠から受けていた連帯保証を解除してやった事実は被告人志賀の債権回収の事実を示すものであると主張する。

(2) そこで、検討するに、関係証拠によると次の事実が認められる。

(株)昭立プラスチックス工業及び日本デベロの代表取締役であり、昭和五三年四月一四日まで川越開発の取締役でもあった関口は、被告人志賀の高橋伸幸名義の日本デベロ(連帯保証人川越開発)に対する合計一億三五〇〇万円の債権につき被告人志賀の要求により額面合計一億三五〇〇万円の(株)昭立プラスチックス工業発行の約束手形を裏保証として差し入れていたが、日本デベロの親会社である川越開発が昭和五二年一一月二五日第一回目の不渡りを出し、それまで支払ってきた一か月六〇〇万円余の利息が支払えなくなったことから、被告人志賀から右利息の半額三〇〇万円を関口個人で支払うよう要求され、やむなくこれを承諾し、昭和五三年一月分からこれを支払っていたところ、同年五月ころ被告人志賀から「これから金利は関口さんが負担しなくてもいいですよ。」といわれたこと、昭和五四年一一月中旬ころ、被告人志賀から関口に「僕の日本デベロに対する一億三五〇〇万円の債権は全部回収したから昭立の裏保証の手形は関口さんにお返しする。」との電話があり、その後郵便で右手形が送り返されてきた。

(3) 被告人志賀の一億三五〇〇万円の債権につき、関口が(株)昭立プラスチックス工業の手形を裏保証として差し入れたのは、関口が川越開発及び日本デベロの経営者であるという立場から、債権者の被告人志賀に要求され、やむなく応じたものと認められるのであるが、関口は、手形を差し入れていたとはいえ被告人志賀の有する債権の約定利息につき本来はその支払義務のない者であって、一債権者に過ぎなかったころの被告人志賀が要求するならばまだしも、債務者である川越開発のオーナー兼実質経営者となった被告人志賀が、すでに川越開発の経営の実権を失っている関口に半額とはいえその利息の支払いを要求するのはいささか筋違いなことであるというべきである。被告人志賀は自己が川越開発の実質経営者となった時点において関口から同人が裏保証として差し入れた手形の返還を請求されても仕方のない立場にあったのであり、このことは栗城の連帯保証についても同様なのである。(有)初雁による川越初雁C・Cの経営が軌道に乗った時点で、それまで関口に支払わせていた利息を支払わなくても良い旨関口に告げ、あるいは栗城の連帯保証を解除したとしても、それは当然のことをしただけであって、被告人志賀の債権回収の事実を裏付けるものとはいえない。

なお、被告人志賀は昭和五四年七月九日、同人の一億三五〇〇万円の債権を含む(有)フェニックスの代表取締役の地位一切を四億円の対価で被告人吉村に譲渡し、右一億三五〇〇万円の債権を完全に回収したことは明らかであるから、被告人志賀が関口に手形を返還したことはこれまた当然のことであって、本件会員券売却代金による債権回収の事実を裏付けるものとはいえない(関係証拠によれば被告人志賀の一億三五〇〇万円の債権のうち一億円は(有)千代田から譲り受けたものであるところ、関口の裏保証の手形はその当時から差し入れられていたものではなく、その後被告人志賀が関口に差し入れさせたものであったところから、被告人志賀は右関口の手形を被告人吉村に引き継がなかったものと考えられる。)。

(4) 被告人志賀の弁護人らは、被告人志賀が伊藤久美に対し高利の金利の支払いを続けていた事実は、被告人志賀が川越開発から利息を回収していた事実を裏付けるものであると主張する。

そこで、記録を調査して検討するに、関係証拠によると、被告人志賀は昭和五二年七月以降伊藤久美から合計一億五二〇〇万円を借り受け、毎月二六〇万円ずつの利息を支払ってきたが、被告人志賀は、川越開発が不渡りを出し利息が半分しか入ってこなくなり、昭和五三年六月以降は利息が一銭も入らなくなったとして伊藤久美に交渉し、月二六〇万円の利息を月一〇〇万円にまけて貰った事実があることが認められるから、所論はその前提において失当である。

(三)(所論一の(五)について)

和議手続においては、届け出た和議債権者だけが債権者集会等の手続に参加できるのであり、所論主張の各債権者が右和議手続において債権の届出をしていない以上(当審における事実取調べの結果によれば、(有)千代田、高橋伸幸、(株)アイチのいずれについても債権の届出はなされていない。)、和議手続に参加できないことは当然であって、和議裁判所がそのように認定したからではない(なお、(有)千代田及び被告人吉村と川越開発破産管財人の間に後記認定のような和解契約が成立している以上、(有)千代田及び被告人吉村が日本デベロの和議手続において債権を届け出、権利を主張する余地はなかったというべきである。)。

また、当審における事実取調べの結果によると、日本デベロの申し立てた和議事件において、整理委員若林秀雄は会計帳簿等について必ずしも十分な知識を有しないため、就任後公認会計士松下明に、債務者の財産状態の調査、とりわけ、1倒産の第五事業年度である昭和五二年三月一日から昭和五三年二月二八日までの貸借対照表、損益計算書及び剰余金処分計算書についての監査並びに2和議開始申立書添付の昭和五八年一月三一日現在の貸借対照表及び附属の諸表等についての監査を依頼したところ、同公認会計士の監査の結果は、1については、「貸借対照表及び損益計算書は借入金に関する証憑その他相当部分の資料の提示がないため、一部内容明確を欠く点はあるが、全般的にみれば、法令、定款に従い会社の財産及び損益の状況をおおむね正しく示しているものと認める、剰余金処分計算書は、当期未処理欠損をそのまま次期に繰り越しており、適法と認める」というのであり、2については、「この監査にあたって、私はこれ等諸表の適正性を立証すべき必要書類、帳簿等の提示を求めたが、日本デベロ旧代表取締役関口正鑅氏よりの報告書によれば、上記貸借対照表に関する事業年度の元帳、振替伝票等は倒産後のため作成せず、また借入金、支払利息、未払金に関する資料は日本デベロビル立退き時に焼却したと思われるとの事で適正性を確かめること能わず、適否の意見の表明はできない」というのであり、整理委員若林秀雄も裁判所に対する意見書において、右公認会計士松下明の意見を引用し同趣旨の意見を述べていることが認められるのであって、整理委員若林秀雄や同委員から依頼を受けた公認会計士松下明が、(有)千代田、高橋伸幸、(株)アイチからの借入金につき所論のように川越開発が返済したため残高を振替えたという認定をした事実はないから、関口正鑅や岡野今雄が公的な期間である整理委員や同委員から依頼を受けた公認会計士松下明に原審供述と異なる供述をしたとは窺われないところである。

なお、原審における弁第九七号証(和解契約書)によれば、昭和五八年七月二二日川越開発破産管財人笠井盛男(甲)と被告人吉村(乙)及び(有)千代田(丙)との間に「乙丙は、甲に対し、連帯して金五〇〇〇万円の支払義務があることを確認し、これを二回に分割して支払う、甲と乙丙は和解契約書各条項以外には何らの債権債務のないことを相互に確認する」こと等を内容とする和解契約が成立していることが認められるから、かかる和解契約が存する以上、日本デベロとしては、債権者(有)千代田、債務者日本デベロ、連帯保証人川越開発とする債務につき川越開発による代位弁済があったものと扱うことはむしろ当然であるというべきである(したがって、右和議事件において日本デベロの代理人から提出された公認会計士大山卓良作成の報告書に(有)千代田等の前記債権につき、「川越開発で返済した為残高を振替」との記載があることが、所論のように、本件が担保会員券の売却による債権の回収であることを日本デベロ側で認めていることを示すものとはいえない。)。

(四)(被告人両名の弁護人らの、原判決の担保会員券処分否定ないし債権回収否定の根拠事実についてのその他の事実誤認の主張について)

被告人両名の弁護人らは、原判決の担保会員券処分否定ないしは債権回収否定の根拠事実についての事実誤認を種々主張している。その趣旨とするところは、原判決は右根拠事実の誤認の結果、本件は担保会員券の売却による債権の回収又は債権の回収ではなく、被告人両名の共謀による業務上横領である旨の事実誤認をしたと主張するものと解される。これらの主張のうち主要なものについては、それぞれ関係するところにおいて、すでに判断を示したところであるが、その他の諸点についても、当裁判所は記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討したが、原判決には、所論の点につき、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があるとは認められない。

(五)(結び)

以上のとおりであって、被告人両名の弁護人らの前記各論旨はいずれも理由がない。

第三 原判示第二の川越開発事件につき、共謀についての事実誤認をいう主張(被告人吉村の弁護人らの控訴趣意第二の3、5及び被告人志賀の弁護人らの控訴趣意第一の五、第二)について

一 (被告人吉村の弁護人らの主張)

(一) 原判決は、被告人両名における会員券売却代金の横領の共謀につき、最初に被告人吉村が担保会員券と関係なく大量に会員券を発行・売却してその代金を横領しようと企て、昭和五三年一月四日から一一日までのハワイ滞在の間に、被告人志賀が被告人吉村の企てに共謀という形で乗ったと認定しているのであるが、原判決が右認定の基礎とした被告人両名の自白調書は信用性がなく、被告人吉村の自白調書には任意性もないから原判決の認定は被告人吉村の「企て」の点でも、ハワイにおける共謀の点でも事実を誤認している。

二 (被告人志賀の弁護人らの主張)

(一) 原判決は、被告人らの本件会員券売却代金横領の共同謀議は、昭和五三年一月四日から一一日までの間にハワイでなされたとしているが、被告人らは、川越開発の実権を掌握したものの、果たして会員券が売れるかどうかも明確でなく、まだ保全命令も出てなくて、川越開発が無事存続するかどうかも不明確な時期に、自己の債権回収や自己が保有する担保会員券の売却を棚上げにして、会員券売却代金の横領を共同謀議したというのは擬制にすぎる、原判決が証拠とした被告人吉村の検察官に対する供述調書(乙二三号証)は証明力に乏しい。

(二) 被告人志賀は、川越開発事件の横領の実行行為の一部すら行なったことはなく、共謀共同正犯とされているものであるところ、共謀共同正犯が成立するためには「二人以上の者が、特定の犯罪を行なうため、共同意思主体の下に一体となって互いに他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議をなし、よって犯罪を実行した事実が認められなければならない」とするのが判例(最高裁昭和三三年五月二八日大法廷判決・刑集一二巻八号一七一八頁)であるが、被告人志賀らのハワイにおける話合いは、刑法上共謀という評価を受けるものではなく、また被告人志賀には、被告人吉村が新規会員券を売却するにつき、共同意思主体の下に行動しようとか、被告人吉村を利用して利益を上げようという意思はなかった。したがって、被告人志賀は、被告人吉村と本件会員券売却横領の共謀をした事実はない。しかるに、被告人吉村との共謀を認定した原判決には事実誤認がある。

(三) 原判決は、被告人志賀が実行行為をしていないことを明確にしているものの、被告人吉村が被告人志賀に横領の協力・加功を求めたかの如き認定をしているが、被告人志賀は被告人吉村の実行行為に協力・加功した事実はなく、また被告人吉村からこれを頼まれたこともなかった。したがって、原判決には右の点についても事実誤認がある。

三 (当裁判所の判断)

(一) 記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討するに、関係証拠によると、被告人両名は、昭和五三年一月四日から一一日の間に、被告人志賀のハワイの別荘において、川越開発の新規発行にかかる会員券の売却代金についてこれを横領して折半することの謀議をした旨の原判決の認定は、当裁判所としてもこれを正当として是認することができる(なお、第二の三の(一)の5参照)。原判決が右認定の証拠とした被告人両名の検察官に対する各供述調書中原判示に沿う部分については十分信用性があると認められる(なお、被告人志賀の弁護人らは、被告人吉村の検察官に対する供述調書―乙第二三号証―の信用性を争っているが、右供述調書は被告人吉村の関係でだけ証拠とされているものである。)また、被告人吉村の検察官に対する各供述調書にはその任意性を疑わせるような事情は認められないとした原判決の判断は正当である。

なお、本件共謀の経過は、第二の三の(一)の5に認定したとおりであり、最初被告人吉村が川越開発の新規発行にかかる会員券を売却して横領することを企画し、被告人志賀が被告人吉村の右企画を察知しながら会員券売却代金折半の謀議をした旨の原判決の認定に誤りはないと認められる。

(二) なお、被告人志賀の弁護人らは、原判決が被告人両名が会員券売却代金横領の共謀をした旨認定している昭和五三年一月四日から一一日という時期においては、被告人両名は川越開発の実権を掌握したものの、果たして会員券が売れるかどうかも明確でなく、保全命令も出てなくて川越開発が存続するかも不明確な時期に、自己の債権回収や自己が保有する担保会員券の売却を棚上げにして会員券売却代金の横領を共同謀議したというのは不合理であると主張する。

しかし、本件共謀の経過は、第二の三の(一)の5で認定したとおりであるところ、被告人吉村はビバリー商事を経営していた当時、(株)ニューセントアンドリュースに高利の金を貸し付け、(株)ニューセントアンドリュースの会員券を売却して多額の利益を得たことがあり、ゴルフ場が多数の会員から入会金あるいは年会費という名目で何億円もの金を無利息で集めることができることから、同被告人の営む金融業の有力な資金源となると考えその経営に強い魅力を抱いており、かつて(株)ニューセントアンドリュースの会員券を売却して多額の利益を得ていた当時被告人志賀に話していたように、川越開発についても会員券の売却によって生き延びることができるものと考え、会員券の売却により大いに儲けたいと考えていた。

被告人両名が川越開発の実質経営者となった当時、(有)千代田の債権が合計八〇〇〇万円であったのに、その後川越開発の資本金を五〇〇〇万円増資してこれを全額(有)初雁で引き受けたり、(株)アイチの債権四〇〇〇万円を肩代りしていることからも明らかなように、被告人両名は川越開発を完全に支配し、自由に会員券を発行できる地位を利用しできるだけ儲けることに関心があったのであり、自己の債権の早期回収にのみ関心があったとはいえない。

また、関係証拠によれば、被告人吉村は以前に(株)ニューセントアンドリュースの会員券を売却して多額の利益を得たことがあったこと、昭和五二年二月ころ、川越開発が一〇〇〇枚の会員券を売却しようとした際、川越開発の岡野を会員券業者のローデムに紹介したのは被告人両名であったこと、被告人吉村は(有)千代田名義でローデムに多額の資金を貸し付けており、そのため被告人吉村は会員券業者のローデムをほぼ自己の意のままに動かすことができたことが認められる。

そうすると、被告人吉村にとっては所論のように会員券が売れるかどうか判らないという状態であったとは認め難く、被告人吉村は容易に大量の会員券を売却できる状況にあったと認められる。

そうすると、昭和五三年一月四日から一一日の間に被告人両名が債権回収と離れて、川越開発の新規発行にかかる会員券を売却し、その売却代金を横領する共同謀議をしたと認定することが所論のように不合理・不自然であるとはいえない。

(三) 1被告人志賀の弁護人らのその余の論旨について判断するに先立ち、職権によって調査するに、原判示第二の七の1ないし3の業務上横領の事実のうち、被告人志賀に関する部分については、次のとおり判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があり、右業務上横領の事実についての被告人志賀の弁護人らのその余の論旨について判断するまでもなく、原判決中被告人志賀に関する部分は破棄を免れない。

すなわち、原判示第二の七1ないし3の各業務上横領の事実は、起訴状記載の公訴事実においては、ゴルフ場の経営、管理及び賃貸業等を営む川越開発の実質経営者として同社の経理、出納その他会社業務全般を統轄していた被告人両名が業務上預り保管中の、(1) 約束手形二〇通(金額合計三億円)、(2) 太陽神戸銀行麹町支店の酒井香名義の普通預金口座に入金した会員券売却代金等合計四六三二万三七五〇円、(3) 約束手形三通(金額合計三〇〇〇万円)を、ほしいままに自己らの用途にあてるため着服又は払戻しを受けて横領したとして起訴されており、右起訴状記載の公訴事実においては、被告人両名が約束手形合計二三通及び酒井香名義の普通預金口座に入金中の会員券売却代金を業務上占有していたもの、したがって被告人志賀についても業務上横領の実行正犯として起訴されていたものと認められるところ、原判決は右約束手形二三通及び酒井香名義の普通預金口座に入金中の会員券売却代金等につき、被告人吉村が業務上占有していたもので、被告人志賀には業務上の占有はないとし、同被告人を前記認定のハワイにおける共謀による業務上横領の共謀共同正犯として有罪としているのであるが、関係証拠によれば、前記約束手形二三通及び酒井香名義の普通預金口座に入金中の会員券売却代金等については、被告人志賀も業務上の占有を有しており、被告人志賀は業務上横領の実行正犯としての刑責を負うものと認めるべきである。

2 すなわち、関係証拠によれば次の事実が認められる。

(1) 川越開発は、昭和五二年一一月二五日第一回目の不渡りを出して事実上倒産し、同月三〇日(有)千代田から三〇〇〇万円を借り入れてようやく第二回目の不渡りを免れたが、多額の負債を抱え資金調達の見込みもなかったところから、岡野今雄ら川越開発の経営者は、金融業者である(株)アイチの社長森下安道の勧めにより、川越開発の経営を債権者に委ねるべく債権者集会を開くことにし、第一回目の会合を同年一二月一〇日に招集した。

(2) 同月一一日第二回目の債権者集会が開催され、被告人志賀は筆頭債権者であるところから債権者委員長に、被告人吉村は被告人志賀の推挙により債権者副委員長、それぞれ選ばれた。

この第二回目の会合において、川越開発を倒産させることなく債権者の総体である債権者委員会で運営していくことが取り決められ、出席していた岡野、関口正鑅らの川越開発の経営者も異議なく了承し、岡野はその後川越開発の社印や代表者印、手形帳等を債権者委員長の被告人志賀に手渡した。

ここにおいて被告人両名は、川越開発の実質経営者となり、同社の経理・その他会社業務全般を統轄する地位に就くに至った。

(3) 被告人両名は、川越開発の経営するゴルフコース(川越初雁C・C)の運営にあたらせるため、被告人志賀を代表取締役社長、被告人吉村を取締役副社長とする(有)初雁を設立し、同月一七日川越開発からクラブハウス等附属建物及び什器一切を含むゴルフ場の営業を一か月の賃料八〇〇万円で賃借した。

このようにして、川越開発経営のゴルフコースの運営は(有)初雁を主体として行なわれることになったが、被告人両名は協議のうえ、被告人志賀が主としてコースの運営・管理を担当し、被告人吉村が主として年会費の徴収や会員券関係業務を担当することを取り決めた。

(4) 被告人両名は、昭和五三年一月四日から一一日の間に被告人志賀のハワイの別荘において、川越開発の新規発行にかかる会員券を売却し、被告人両名においてこれを折半して横領する旨の共謀をした(第二の三の(一)の5参照)。

(5) 被告人吉村は、同月二一日ころ、ローデムとの間で同社に対し川越開発の新規発行にかかる会員券二〇〇〇枚(名宛人欄に架空人の氏名を記載し、既発行の会員券の形式にしたもの。以下同じ。)を代金三億円で売却する旨の契約を結び、東京都千代田区永田町二丁目四番地秀和溜池ビル内のローデムの事務所においてローデム副社長の戸田浩から別紙(一)記載の約束手形二〇通(金額合計三億円)を売買代金として受け取り保管中、前記被告人志賀との共謀に基づき、その場で、被告人両名の用途にあてる目的で着服して横領し、後日うち二億円分の約束手形については、これを期日に現金化して折半し、あるいは(有)千代田で割引いたうえ折半し、残る一億円分の約束手形については被告人吉村が別個、単独に取得した。

(6) 被告人両名は右ローデムに対する会員券の売却と並行して、被告人吉村の知人の石丸逸郎や(有)初雁の従業員吉原美佐雄、あるいはラッキーモーターズ、東京ゴルフメンバーズらの会員券業者らにも会員券を売却させ、その売却代金を前記共謀に基づいて折半していたが、昭和五三年五月ころ、被告人両名は相談のうえ、これら単発売りの会員券売却代金を一旦預金することにし、(有)初雁の事務員落合敦子に指示して太陽神戸銀行麹町支店に酒井香名義の普通預金口座を開設させ、単発売りの会員券売却代金はすべてこの普通預金口座に入金していた。右普通預金通帳は前記落合敦子が保管し、この件については被告人両名から指示を受けていた。右落合の勤務していた(有)初雁の事務所には社長である被告人志賀が常勤していたが、被告人吉村は常勤せず、一〇日に一度位顔を出す程度であった。

被告人両名は、毎月一回おおむね五日に、同口座に預金された会員券売却代金を払い戻して折半することにし、別紙(二)一覧表記載のとおり、同都港区赤坂所在の太陽神戸銀行赤坂支店(別紙(二)一覧表番号1ないし4、7)及び同都同区青山所在の同銀行青山支店(別紙(二)一覧表番号5、6)において、(有)初雁の従業員吉原美佐雄らを介して払戻しを受けて横領し、その後(有)初雁の社長室において、被告人両名でこれを折半していた。

(7) 被告人吉村は、同年一二月六日ころ、ローデムとの間で同社に対し川越開発の新規発行にかかる会員券三〇〇枚を売却する契約をし、同日ころ、前記ローデムの事務所において、前記戸田から別紙(三)記載の約束手形三通(金額合計三〇〇〇万円)を受け取り保管中、前記被告人志賀との共謀に基づき、その場で、被告人両名の用途にあてる目的で着服して横領し、その後これを(有)千代田で割引いて現金化し、被告人両名で折半した。

以上の事実が認められる。

3 右認定の事実によれば、被告人志賀は、川越開発の旧経営者からその経営を委ねられた債権者委員会の委員長として同社の実質経営者としての地位にあったもの、被告人吉村は右債権者委員会の副委員長として被告人志賀を補佐する立場で同じく同社の実質経営者の地位にあり、主として年会費の徴収や会員券関係業務を担当していたものであり、被告人志賀の地位は通常の株式会社における代表取締役社長の地位に相当し、会社業務全般を統轄し、会社資金を保管すべき地位にあり、実際にも会社資金を管理していたものと認められる。本件起訴にかかる各約束手形及び会員券売却代金等については、被告人志賀自身が会員券を売却して経理担当者に交付した分以外は、被告人志賀自身が現実に受領したものではないが、これらは川越開発の会社資金であるから、被告人吉村又は同社の経理担当者が現実にこれらを受領した時点で、被告人志賀もその占有を取得したものというべきである。

原判決が被告人志賀の占有を否定したのは、被告人両名が、川越開発からゴルフ場の営業を賃借しその経営の主体となる(有)初雁の運営につき協議した際、被告人志賀が主としてコースの運営・管理を担当し、被告人吉村が主として年会費の徴収や会員券関係業務を担当することを取り決めていたことによると思われるが、被告人志賀は倒産に瀕していた川越開発の再建のための実質上の最高責任者として被告人吉村の担当する部門についてもこれを統轄する地位にあり、会員券の売却代金についてもこれを業務上保管していたものというべきである。したがって、被告人志賀は同じく川越開発の実質経営者で会員券関係業務の責任者であった被告人吉村と会員券売却代金等を共同占有する状態にあったと認められる。

そうすると、原判示第二の七の1ないし3の各事実については、被告人両名が川越開発のため業務上預り保管中の約束手形合計二三通(金額合計三億三〇〇〇万円)、太陽神戸銀行麹町支店の酒井香名義の普通預金口座に入金していた会員券売却代金等合計四六三二万三七五〇円を被告人両名の用途にあてる目的で着服又は払戻しを受けて横領したものと認めるべきであり、したがって被告人志賀も業務上横領の実行正犯であるのに、被告人吉村のみがこれらを業務上占有していたもので被告人志賀には業務上の占有はなかったとし、被告人志賀を前記ハワイにおける共謀による業務上横領の共謀共同正犯であるとした原判決は事実を誤認したものというべく、右事実誤認は被告人吉村の関係では判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえないが、被告人志賀の関係では判決に影響を及ぼすことが明らかである。

第四 原判示第四の被告人吉村に対する所得税法違反事件についての事実誤認の主張(被告人吉村の弁護人らの控訴趣意第一の三)について

所論は、原判示第四の被告人吉村に対する所得税法違反事件につき、川越開発事件における会員券売却代金のうち、(有)千代田の川越開発に対する貸付債権元本八〇〇〇万円の回収分及び(株)アイチから譲り受け又は代位弁済した債権元本四〇〇〇万円の回収分の合計一億二〇〇〇万円は貸付金の回収であるのに、これを被告人吉村の所得と認定した原判決には事実誤認がある、というのである。

そこで、検討すると、被告人吉村の本件会員券の売却が(有)千代田等の保有する担保会員券の売却ではなく、またその売却代金の受領が債権の回収ではないことは、第二の三において認定したとおりであるから、所論はその前提において失当である。

原判決には、所論の点につき事実誤認はないから、論旨は理由がない。

第五 原判示第五の被告人志賀に対する所得税法違反事件についての事実誤認の主張(被告人志賀の弁護人らの控訴趣意第五の一ないし三、五)について

一 (弁護人らの主張)

(一) 被告人志賀に対する所得税法違反事件の最大の争点は、(有)千代田から架空金主に支払われた利息金のうち、被告人志賀と被告人吉村がどれだけずつ取得したかであるところ、原判決は、被告人吉村の供述を全面的に信用し、被告人志賀の取得した手数料を被告人吉村の供述どおりに認定したが、被告人吉村の供述には種々不合理な点があり信用できない。

(二) 原判決は、被告人志賀の昭和五四年分所得につき鉢形関係収入二〇〇〇万円を認定しているが、これは被告人吉村に帰属すべきものである。

(三) 被告人志賀が昭和五四年中に島掛及び弟志賀雅之に支払った金員は、同人らの役務に対する対価であるから、経費に算入されるべきである。

二 (当裁判所の判断)

(一) (所論(一)について)

1 記録及び証拠物を調査して検討するに、関係証拠によれば(有)千代田から架空金主等に支払われた利息金のうち、被告人志賀が取得した手数料の額は、昭和五三年分一億五九一〇万円、昭和五四年分四〇八〇万円であるとした原判決の認定は正当であると認められる。原判決が右認定の証拠とした被告人吉村の原審供述は十分信用性があると認められ、原判決には所論のような事実誤認はない。

2(1) 所論は、原判決がその認定の基礎とした被告人吉村の原審供述は信用できないとして種々の主張をしているので、これについて検討を加える。

(2) 所論は、まず、被告人吉村が受取利息の五五パーセントにものぼる金を被告人志賀に支払うのは著しく不合理であり、また、被告人吉村のような金融業者が、納税用の金として事前に被告人志賀に現金を手渡し長期間滞留させることに同意する筈はないという。

最初に指摘しておかなければならないことは、架空金主国際経経及び荒木貞哲関係の月四パーセントの利息のうち一パーセントは架空金主側の納税資金として被告人志賀に渡されるものであり、被告人吉村としては被告人志賀の受け取る手数料は月一・二パーセント、即ち全体の受取利息の三〇パーセントであると認識していたことである。しかし、架空金主側の納税資金を含むとはいえ、受取利息の五五パーセントもの金額を被告人志賀に渡すことに被告人吉村が同意したことは確かに一見奇異の感を免れない。また、被告人吉村のような高利の金融業者が未だ納期の来ていない納税資金を事前に渡しておくことに同意していたことについても同様である。

しかし、関係証拠により、架空金主名義の口座の設けられた経緯、当時被告人吉村の置かれていた立場並びに被告人志賀に対する納税資金及び手数料の支払方法などを検討してみると、被告人吉村が受取利息の五五パーセントを納税資金及び手数料として被告人志賀に渡したことも、まだ納期の来ていない納税資金を事前に被告人志賀に渡すことに同意したことも不自然、不合理であるとは認められない。

(3) すなわち、関係証拠によれば次の事実が認められる。

〈A〉 被告人吉村は最初個人で金融業を営んでいたが、その後会社組織に変更し、(株)丸吉産業、(株)丸吉を経て、昭和四九年九月ころ、ビバリー商事を設立して金融業を行ない高金利貸付けで事業を拡大した。

被告人吉村は、昭和五一年ころには十数億円の個人資産を蓄積したが、その個人資産はすべていわゆる裏資金でありこれを仮名預金などとして保有していた。被告人吉村は当時この個人資産をビバリー商事に貸し付け月四パーセント程度の利息を受け取っていたが、被告人志賀のアイデアと指導により荒木貞哲などの架空金主を設定し、この架空金主からビバリー商事に貸し付けた形をとっていた。なおビバリー商事当時は単にその帳簿上架空金主からの借入れや利息の支払いを記帳していただけで、銀行口座を設けて操作することまではしていなかった。被告人吉村は月四パーセントの利息の中から一パーセントを脱税指導の謝礼などとして被告人志賀に支払っていた。

〈B〉 ビバリー商事及び代表者の被告人吉村は同年秋ころ、いわゆる出資法違反(高金利貸付け)で警視庁に検挙され、昭和五二年三月ころ被告人吉村が逮捕され、そのころビバリー商事(被告人吉村は同社を清算会社とし、被告人志賀が清算人となっていた。)とともに公判請求され、同年九月一二日東京地方裁判所でビバリー商事を罰金六〇〇万円に、被告人吉村を懲役一年・三年間執行猶予に処する旨の判決が言い渡された。

〈C〉 昭和五一年秋ころビバリー商事及び被告人吉村が警視庁に検挙された際、そのことが新聞にも報道されたため、以後ビバリー商事の名義で金融業を続けて行くことは困難となった。

そこで、同年末ころ、被告人吉村は被告人志賀と相談したすえ、早急に新会社(有)千代田を設立してビバリー商事の金融業務を引き継ぐことにし、新会社の資本金一〇〇〇万円は全額被告人吉村が出資し同被告人が実質経営者となるが、同社が被告人吉村の支配下にあることを隠す等のため、山川和夫を名目的な代表取締役とし、貸付事務や貸付金の回収などは被告人吉村の兄吉村勝彦が主として相当することにした。そして、被告人志賀も同社の役員となり経理事務などをみることになった。

〈D〉 被告人吉村は、ビバリー商事の金融業務を(有)千代田に引き継ぐにあたり、ビバリー商事及び被告人吉村につき警視庁の捜査が行なわれた以上、税務署からも(有)千代田や被告人吉村の利息収入について目をつけられることは必至であり、その結果自己の過去の莫大な脱税が発覚すれば重大な事態になることが予想されたため、今後税務署からどのような調査があっても発覚しないような操作をしておく必要があると考えた。

この点につき、被告人吉村は被告人志賀と相談したところ、被告人志賀は、「今後、架空金主をきちんと作り、その名前で銀行口座を作り、(有)千代田への被告人吉村の貸付けや(有)千代田から同被告人への利息の支払いもその口座を使ってするようにした方がよい。そのためには架空金主の側でも色々帳簿を作り経費を計上したりして形を整えなければならない。そういう銀行口座の設定や架空金主側の帳簿の作成や税金の申告は私の方できちんとやってあげる。」と協力を申し出たので、被告人吉村は被告人志賀にその旨依頼することにし、架空金主として当面は国際経経と荒木の二名を使うことになった。

〈E〉 被告人志賀は、右のような協力をするにつき、被告人吉村が架空金主名義で受け取る利息月四パーセントのうち、一パーセントを架空金主側の納税資金としてまず被告人志賀が受け取り、残り三パーセントのうち一・二パーセントを被告人志賀の税務対策指導の礼金及び架空金主への謝礼として被告人志賀が取り、残る一・八パーセントを被告人吉村が取るという案を提示し、被告人吉村は自分の取り分が少ないと思ったが、何よりもこれで過去の脱税がばれない形で自分の裏資金を(有)千代田に貸し付けることができ、今後も自分の受取利息に対する所得税を払わないで済ませることもできるし、被告志賀の方でも架空金主の設定や帳簿の作成等をしてくれるのであれば相当な謝礼をするのもやむを得ないものと考え、被告人志賀の申し出を了承した。

〈F〉 被告人志賀は、第一勧業銀行虎の門支店等に国際経経等の預金口座を設定し、被告人吉村から(有)千代田に裏資金を貸し付けるについては、被告人吉村が仮名預金などから現金を引き出して国際経経の前記口座に入金し、その口座から太陽神戸銀行赤坂支店等の(有)千代田の口座に入金していた。(有)千代田からの利息の支払いも右国際経経等の預金口座に送金し、送金された利息は毎月被告人志賀が引き出して(有)千代田の事務所に持参し、予め定めた割合に従って分配していた。

以上の事実が認められる。

右認定の事実によると被告人吉村は、ビバリー商事等に対し警視庁の捜査が行なわれた以上、税務署からも(有)千代田や被告人吉村個人の利息収入に目をつけられることは必至であり、その結果被告人吉村の過去の莫大な脱税が発覚すれば重大な事態(摘発済みの出資法違反の事実と合わせ重い刑罰に処せられるおそれがあった。)になるため、今後税務署からどのような調査が行なわれても発覚しないような操作をしておく必要があると考え、被告人志賀に相談し、同被告人の提案により架空金主を設定しての脱税工作を行なったものであり、右脱税工作は単に今後の脱税のための工作に止まらず、過去の莫大な脱税の発覚を防ぐ点に重大な狙いがあり、被告人吉村としては当時このような切羽詰まった状況にあったため、多少不利な条件であっても被告人志賀の申し出を受け入れざるを得なかったものと認められる。

また、納税用の資金を前渡しして滞留させた点についても、架空金主名義の借入金利息は毎月(有)千代田から被告人志賀の管理する預金口座に入金され、これを被告人志賀が引き出し、(有)千代田に持参して被告人吉村と分配していたのであり、いわば被告人志賀が納税資金と自己の取り分を差し引いた被告人吉村の取り分を同被告人に渡していたに等しい状況にあったことを考えると、納税用の資金が予め被告人志賀に渡されていたことも不合理であるとはいえない。

(3) 所論は、被告人吉村が架空金主の税金を支払うことによって税金問題を解決する意思であるならば、他の架空金主である西原正雄、あるいは被告人吉村個人の分についても税務申告すべきであるのに、被告人吉村は全然これを実行していない、また、被告人志賀の用意した山川和夫分について税金分が支払われていないのは不合理であるという。

しかし、関係証拠によれば、被告人吉村は、(有)千代田に急に現金が必要になり被告人志賀の設定した架空金主の口座を通す暇がないような場合には、被告人吉村の資金を直接現金で(有)千代田に貸し付けることがあり、このような場合については、被告人志賀と相談のうえ、役員からの借入金として処理していたところ、西原正雄、山川和夫及び被告人吉村名義の各口座はかかる役員からの借入金として処理されたものであることが認められるから、これらの口座につき国際経経等の架空金主の口座と同じ取扱いがされていなくてもなんら矛盾はないのである。この点に関する原判決の判示は必ずしも当を得たものとはいえないが、所論の指摘する点が被告人吉村の供述の信用性を疑わせる理由とならないことは明らかである。

(4) 所論は、被告人吉村が税務申告がなされていないことを知った後被告人志賀に抗議していないことや税金用として支払った金員の返還を請求していないのは不合理であるという。

しかし、被告人志賀の検察官に対する昭和五七年四月二九日付供述調書によれば、被告人志賀は、昭和五五年一二月ころ、被告人吉村から「架空金主側の記帳指導や申告の手続をすると約束しながら何もしてくれなかったんじゃないか」となじられたことがある旨供述し、被告人吉村から抗議されたことがあることを自ら認めているから、被告人吉村が被告人志賀に抗議した事実がないとはいえない。

さらに、被告人吉村が右の程度以上に強く抗議せず、また納税資金として渡した金員の返還を求めていない点については、〈A〉被告人両名は昭和五四年七月まで共同して(有)初雁ないし(有)フェニックスの経営に従事し、特に当時川越開発の債権者との間に紛争があり(有)初雁等に対し仮処分申請がなされている状況であったから、被告人両名の円満な関係を維持する必要があったこと、〈B〉被告人志賀は長年被告人吉村の脱税コンサルタントともいうべき役割をし、被告人吉村の秘密を熟知していたから同被告人との間に紛争を起すことは好ましいことではなかったこと、〈C〉被告人吉村自身ローデムに売却した会員券の売却代金三億円のうち一億円を被告人志賀に内緒で懐に入れていること等があり、被告人吉村が一方的に被害者であったわけではなかったことを考え合わせると、税務申告がなされていないことを知った後、被告人吉村が被告人志賀に強く抗議せず、また納税資金として渡した金員の返還を請求していないことが特に不合理であり、被告人吉村の供述の信用性を疑うべき事情があるとはいえない。

(5) 所論は、以上のほかにもるる主張しているが、所論の主張するその他の点について十分検討しても、所論の点に関する被告人吉村の原審供述の信用性に疑いがあるとは認められない。

3 以上のとおりであって、論旨は理由がない。

(二) (所論(二)について)

記録を調査して検討すると、寄居町農業協同組合鉢形支所の(株)鉢形カントリークラブ名義の普通預金から昭和五四年九月二〇日に払戻された二〇〇〇万円は、被告人志賀が取得したものであることは、被告人吉村が検察官に対する昭和五七年五月八日付供述調書においてその旨明確に供述しているだけでなく、被告人吉村の手帳の九月二〇日の欄に「鉢形預金下し志賀渡し」との記載があること、被告人志賀も検察官に対する昭和五七年五月八・九日付供述調書においてその受領を認めていることから明らかである。したがって、原判決には所論のような事実誤認はないから、論旨は理由がない。

(三) (所論(三)について)

記録を調査して検討するに、関係証拠によれば、被告人志賀が島掛に支払った四〇〇万円及び弟志賀雅之に支払った八〇〇万円は、被告人志賀が勧誘して(有)初雁((有)フェニックスの前身)に入社させた同人らに対し、突然(有)フェニックスの経営から手を引くことになった詫び料趣旨で支払ったもので、被告人志賀から島掛らに対する贈与であり、必要経費ではないとする原判決の認定は正当であると認められる。したがって、原判決には所論のような事実誤認はないから、論旨は理由がない。

第六 原判示第五の被告人志賀に対する所得税法違反事件についての訴訟手続の法令違反の主張(被告人志賀の弁護人らの控訴趣意第五の四)について

一、(弁護人らの主張)

原判示第五の被告人志賀に対する所得税法違反の事実につき、昭和五四年分の受取利息を検察官主張の金額より多く認定した原判決には訴訟手続の法令違反がある。

二、(当裁判所の判断)

記録を調査して検討すると、被告人志賀は昭和五三、四年当時日本デベロに対し(連帯保証人川越開発)一億三五〇〇万円を高橋伸幸名義で貸し付けていたところ、検察官は、被告人志賀は右貸付金の利息として関口正鑅から昭和五三年中に約束手形で合計六〇〇万円、東松山カントリークラブの会員券一枚を受領したほか、川越開発発行の会員券九〇枚(金額九〇〇万円)で代払いを受けたと主張していたのに対し、被告人志賀は原審公判廷において、関口から受け取った会員券は合計五五枚であり、うち四四枚(金額四四〇万円)は昭和五三年分の利息に充当し、うち一一枚(金額一一〇万円)は昭和五四年分の利息に充当したと供述していたところ、原判決は検察官の主張は根拠が十分でなく、結局被告人志賀の右供述どおり認定するほかないとして、右の点に関する被告人志賀の受取利息を昭和五三年分一六五七万四〇〇〇円(検察官主張より四六〇万円減)、昭和五四年分一三四〇万円(検察官主張より一一〇万円増)と認定しているのである。この結果は、昭和五四年分の受取利息につき検察官主張より一一〇万円多額に認定していることにはなるが、これは昭和五三、四年分の受取利息(関口が会員券で代払いした分)につき被告人志賀の供述するとおりに同被告人に有利に認定した結果生じたことであって、被告人志賀の防禦に実質的な不利益を及ぼすものではないから、訴因変更手続を経ることなく右のような認定をしても違法とはいえない。原判決には所論の点につき訴訟手続の法令違反はないから、論旨は理由がない。

第七被告人吉村の弁護人らの控訴趣意第一の四、第三(量刑不当の主張)について

所論は、要するに、被告人吉村に対する原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を参酌して所論に対し検討を加える。

まず、本件事案の概要は、(一)事実上倒産した川越開発の債権者委員会の副委員長として同委員長の被告人志賀とともに同社の実質経営者となった被告人吉村が、被告人志賀と共謀のうえ、川越開発の新規発行にかかる会員券の売却代金等合計三億七六〇〇万円余を業務上横領し(川越開発事件)、(二)パレスゴルフの大口債権者である被告人吉村が事実上倒産した同社の再建を頼まれてその代表取締役に就任し、その業務に従事中、会員券売却代金一億円及び年会費四億七五〇〇万円の合計五億七五〇〇万円を業務上横領し(パレスゴルフ事件)、(三)被告人吉村の昭和五三、五四年分の所得税合計六億八二〇〇万円余をほ脱し(所得税法違反事件)、(四)自己の経営する五法人の法人税合計一億四五〇〇万円余をほ脱した(法人税法違反事件)というものであって、業務上横領の金額が合計九億五一〇〇万円余に、ほ脱した所得税及び法人税の合計が八億二八〇〇万円余に、それぞれ達するという、極めて大規模な事案である。

まず、川越開発事件については、川越開発の債権者((有)千代田名義)である被告人吉村が同社の事実上の倒産に伴い債権者委員会の副委員長に選ばれ、同委員長の被告人志賀とともに同社の実質経営者となり、公私のけじめを厳しくしなければならない立場にあったのに、同社の存立に不可欠の資産であるゴルフコースを被告人両名が共同して設立した(有)初雁に賃貸させて引き渡させ、さらに川越開発の資金難に乗じて増資させてこれを全額(有)初雁で引き受けて川越開発を資本的に完全に支配したうえ、大量の会員券(被告人吉村の供述によれば、本件起訴にかかる分だけで合計二七五三枚に達している。)を販売し、その会員券の売却代金等三億七六〇〇万円余を業務上横領し、しかもうち一億円についてはローデムの戸田副社長に口裏合わせを頼んで被告人志賀に内緒で一人占めした結果、被告人吉村は右横領金の約六八パーセントにあたる二億五八〇〇万円余を取得しているのである。被告人吉村はゴルフ会員券の発行は現代の錬金術であるとの発想のもとに多数の会員券を乱発し、自ら会員券を乱発しておきながら一転して会員の人数減らしを企画し、追加預託金を徴求してこれを支払った会員のみを(有)フェニックスに移行させてそのプレー権と預託金返還請求権とを継承することにし、追加預託金を支払わない会員に対してはプレー権を認めないという非難に値するやり方を行なっているのである。このような被告人吉村らのやり方によって川越初雁C・Cの多数の会員が種々の不利益を受けているのであって、被告人吉村の行為は厳しく非難されなければならない。

次に、パレスゴルフ事件については、その横領金額が合計五億七五〇〇万円という高額に及んでいるばかりでなく、資金難に悩むパレスゴルフを私物視して横領を繰り返し、遂には昭和五六年四月にはパレスゴルフを倒産させて会員の預託金返還請求を事実上不能にさせたりしたものであって、多数の会員に及ぼした影響はもとより軽視できない。

被告人吉村の所得税法違反事件は、被告人吉村において(有)千代田等に対する貸付とその利息の収受を架空金主名義で行なうなどして多額の受取利息を秘匿する等し、二年間にわたり合計九億三九〇〇万円余の所得を秘匿し、合計六億八二〇〇万円余の所得税を免れたものであって、この種税法違反事件としてはまれにみる多額の脱税事件であり、その脱税の方法も計画的かつ巧妙である。また、所得秘匿率は約九八・五パーセント、税ほ脱率は源泉徴収分を考慮に入れても約九九・六パーセントといずれも著しく高率であり、脱税の動機にも斟酌すべき余地は全く認められない。

さらに、法人税法違反事件は、被告人吉村において、自己の経営する法人五社につき、所得合計三億八五〇〇万円余を秘匿し、合計一億四五〇〇万円余の法人税を免れたものであって、いずれも無申告又は零申告によるものであり、所得秘匿率及び税ほ脱率はともに一〇〇パーセントとなっている。

被告人吉村は、昭和五二年九月一二日東京地方裁判所で出資の受入、預り金及び金利等の取締に関する法律違反罪(高金利貸付け)により懲役一年・執行猶予三年に処せられた処罰歴があり、被告人吉村は右事件の公判において、金融業をやめる旨供述し、裁判所も被告人吉村が金融業をやめるため再犯のおそれがないとして刑の執行を猶予したことが窺われるのに、右事件の判決の前後を通して金融業を継続し、(有)千代田からの受取利息等の所得の秘匿工作を行なって多額の脱税を行ない、右執行猶予判決のわずか数か月後から川越開発事件の業務上横領の犯行に及んでいるほか、本件の全犯行が右執行猶予期間中に犯されているのである。

以上のような点を考え合わせると被告人吉村の刑責は甚だ重いといわざるを得ない。

したがって、川越開発事件につき、川越開発の破産管財人との間に、本件売却にかかるる会員券が担保会員券であったことを前提としたものではあるが、和解契約を締結し、被告人吉村及び(有)千代田から五〇〇〇万円、(有)フェニックスから一億五〇〇〇万円が現在までに支払済みであること、(有)フェニックスに移行しなかった川越初雁C・Cの会員に対して(有)フェニックスにおいてその預託金を昭和五九年三月から昭和六二年三月の間に四回に分割して返還することを約していること、パレスゴルフ事件につき横領分の五億七五〇〇万円の全額を返済していること、所得税法違反及び法人税法違反事件については修正申告のうえ一部を納付し、残余についても担保を提供する等してその納付が期待できる状況にあることなど被告人吉村に有利な諸事情を十分に考慮しても、被告人吉村を懲役五年及び罰金六〇〇〇万円に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

第八破棄自判等

一 (被告人志賀についての破棄自判)

原判決中被告人志賀に関する部分については、第三の三に判示したとおり、原判示第二の七の1ないし3の業務上横領の事実につき判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があるので、刑訴法三九七条一項、三百八十二条により、原判決中被告人志賀に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書により更に被告事件について判決する。

被告人志賀に対する罪となるべき事実、証拠の標目は、原判示第二の七の1ないし3の事実を次のように改めるほか原判決が被告人志賀について判示するとおりである(ただし、原判決一〇一頁四行目に「譲渡証一通」とあるのを「譲渡書一通」と、略号につき「符1」は東京高等裁判所昭和五九年押第五六六号の符番号1を示す旨訂正する。)。

被告人志賀は、被告人吉村とともに、川越開発の実質経営者として、同会社の経理、出納その他会社業務全般を統轄していたものであるが、被告人吉村と共謀のうえ、川越開発の新規発行にかかる会員券の売却代金を横領しようと企て、

1 約束手形二〇通(金額合計三億円)の横領

昭和五三年一月二一日ころ、ローデムとの間に同社に対して川越開発の新規発行にかかる会員券(名宛人欄に架空人の氏名を記載し、既発行の会員券の形式にしたもの、以下同じ)二〇〇〇枚を代金三億円で売却する旨の契約を結び、東京都千代田区永田町二丁目四番地秀和溜池ビル内のローデムの事務所において、同社副社長戸田浩から別紙(一)記載の約束手形二〇通(金額合計三億円)を売買代金として受け取り、被告人志賀及び被告人吉村において、これを川越開発のため業務上預り保管中、その場で、ほしいままに、被告人志賀及び被告人吉村の用途に充てるため着服して横領し、

2 酒井口座預金(合計四六三二万三七五〇円)の横領

別紙(二)一覧表記載のとおり、同年七月五日から昭和五四年四月二日までの間、前後七回にわたり、同都港区赤坂所在の太陽神戸銀行赤坂支店(別紙(二)一覧表番号1ないし4、7)及び同都同区青山所在の同銀行青山支店(別紙(二)一覧表番号5、6)において、被告人志賀及び被告人吉村において同銀行麹町支店の酒井香名義の普通預金口座に入金して川越開発のため業務上預り保管中の川越開発の新規発行にかかる会員券売却代金及びその利息等合計四六三二万三七五〇円を、ほしいままに被告人志賀及び被告人吉村の用途に充てるために、(有)初雁の従業員吉原美佐雄らを介して払戻しを受けてこれを横領し、

3 約束手形三通(金額合計三〇〇〇万円)の横領

昭和五三年一二月六日ころ、ローデムとの間に同社に対して川越開発の新規発行にかかる会員券三〇〇枚を代金三〇〇〇万円で売却する契約をし、同日ころ、前記ローデムの事務所において、前記戸田から別紙(三)記載の約束手形三通(金額合計三〇〇〇万円)を売却代金として受け取り、被告人志賀及び被告人吉村において、これを川越開発のため業務上預り保管中、その場で、ほしいままに被告人志賀及び被告人吉村の用途に充てるため着服して横領し

たものである。

(法令の適用)

被告人志賀の前記1の所為、同2の各所為、同3の所為は、いずれも刑法六〇条、二五三条に、原判示第五の一及び二の各所為は、行為時においては昭和五六年法律第五四号による改正前の所得税法二三八条一項に、裁判時においては右改正後の所得税法二三八条一項に該当し、原判示第五の一及び二の各罪は、犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから、いずれも、刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、原判示第五の一及び二の各罪につき、いずれも所定の懲役刑と罰金刑とを併科し、かつ、各罪につき情状により所得税法二三八条二項を適用することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い前記判示1の罪の刑に法廷の加重をし、罰金刑については同法四八条一項によりこれを右懲役刑と併科することとし、同法四八条二項により原判示第五の一、二の各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人志賀を懲役三年六月及び罰金一億円に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中一五〇日を右懲役刑に算入し、同法一八条により右罰金を完納することができないときは金二〇万円を一日に換算した期間被告人志賀を労役場に留置する。なお、原審における訴訟費用のうち、証人岡野今雄及び同落合敦子に支給した分は、刑訴法一八一条一項本文、一八二条により被告人志賀に被告人吉村と連帯して負担させる。

二 (被告人吉村についての控訴棄却)

被告人吉村の本件控訴は、その理由がないので刑訴法三九六条によりこれを棄却することとする。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 小田健司 裁判官 阿部文洋)

別紙(一)

〈省略〉

別紙(二) 一覧表

〈省略〉

合計 46,323,750

別紙(三)

〈省略〉

○控訴趣意補充書

業務上横領等

被告人 吉村金次郎

右の者に対する頭書被告事件につき弁護人は次のとおり控訴の趣意を補充する。

昭和六〇年一二月 日

弁護人

弁護人

弁護人

東京高等裁判所 刑事第一部 御中

一、原判決の「債権回収」に関する判示

1.被告人吉村らが川越開発興業株式会社(以下川越開発という)の会員券(正しくは会員権であるが原判決の引用においては会員券と表示する)売却代金を横領したと構成する原判決および検察官の主張の大前提であり、かつその論理的帰結は被告人らによる川越開発および日本デベロ株式会社を連帯債務者とする貸金債権の回収の否定である。

すなわち、会員券売却代金の取得が被告人らの川越開発に対する債権の回収であるなら、これが横領となることは有り得ないことであるからである。

2.従って、原判決は、被告人らの川越開発に対する債権の存在と、これを担保する担保会員券の存在を認めながら、「担保会員券は担保会員券として別に処分することはあっても、これとは別に川越開発の実質経営者として、新規に会員券を発行し、売却しようとする意思であった」(一九八ページ)として、被告人らによる会員券売却代金の取得が債権回収であることを否定した上で横領を認定し、検察官においても、「債権の回収と離れて」として、債権の回収であることを否定した主張をしている。

これは、右のとおり、被告人らによる会員権売却代金の取得が債権回収であるとするなら横領では有り得ないし、逆に横領であるなら債権回収ではないという二律背反の状況にあることから当然の帰結である。

弁護人は、被告人らによる会員権売却代金が担保会員権の売却すなわち債権の回収であることを論証したが、原判決は、前述のとおり債権と担保会員券の存在を認めながらなお債権の回収であることを否定し、横領と認定した。

この認定が正当でないことについては控訴趣意書に詳しく述べたとおりである。

二、原判決における「債権回収否定」の論拠

1.原判決は、被告人らが会員券売却代金の取得とは別に債権を回収した事実の有無について、前記のとおり、「担保会員券は担保会員券として別に処分することはあっても」と述べているだけで直接触れていない。

しかし、その趣旨から、会員権売却代金の取得とは別に債権の回収と認めるべき事実の不存在を認定していることは明白である。

また、実際に会員権売却代金の取得以外に債権回収と考えられる行為は存在しない。

2.従って、原判決は、被告人らが、今日に至る約七年もの間、多額の債権の回収を放置し、その担保である担保会員権の価値を損ないながら尚、横領に及んだという理解し難い状況を説明しなければならないのにこれを合理的に説明する論拠を示し得ないことに破綻の一端をのぞかせている。

3.ところで、被告人らが会員権の売却代金を取得したことによって、担保権実行による債権の回収がなされたという事実が認められた場合、それが即ち横領の否定であることは右に述べたところから明白である。

この点について、検察官申請の証人岡野今雄は

検察官 川越開発としては志賀さんに払わなくちゃいけない一億三五〇〇万円は、もうだれにも払わなくてもいいと、そういう状態になったと思っておられますか。

岡野 いや思っておりません。 (第一五回公判五九丁)

検察官 千代田リース及び高橋伸幸名義のものは、いずれも八〇〇〇万および一億三五〇〇万円と残してあるんですね。

岡野 はい、そうです。 (第一五回公判六〇丁)

検察官 そうすると川越開発としては、なおアイチに同額の債務を負っているということですね。

岡野 ええ。

検察官 実質的には減ってないわけですね。

岡野 はい。 (第一五回公判七三丁)

と証言し、川越開発の被告人吉村および同志賀ならびにアイチに対する債権が証言時点(昭和五七年七月一二日)において存続していることを証言した。

4.また、原判決は、関口によって作成された日本デベロの昭和五四年二月期の法人税確定申告書に添付の決算報告書(甲二〇三)には、日本デベロが依然として(有)千代田に八〇〇〇万円の借入金債務がある旨記載されていることを挙げて、「被告人吉村は、(中略)日本デベロの代表取締役関口に対して、担保会員券の売却によって債権を全額回収した旨を連絡すべきであり、また連絡しようと思えば容易にできたのにこれをしていない。」として、日本デベロ(株)の右決算報告書に(有)千代田リースに対する借入金債務が計上されていることが、被告人らによる債権の回収が行われていない(会員権売却代金の取得は債権の回収ではない)ことの根拠の一つであるとしているもののようである。

5.この決算報告書については、右岡野は、「間違いがあってはいけないと思って、前年度のを踏襲し、将来きちんとしようということだけで作ったわけです。」(第一六回公判六〇丁)と証言し、関口は、「岡野が作成して経理士さんと相談をしてでき上がったものについて、私に署名をしてくれということで署名をしたと、こういうことですから」「こまかい報告はございませんが、書類をざっと、私も見ましたから。」(第二七回二七丁)と証言しているように、いかにも証拠価値のとぼしいものであるが、しかし、岡野、関口の両名とも、日本デベロ、(有)千代田リースに対する借入金債務の計上が誤りであるか否かについては直接ふれていない。

しかし原判決の「被告人らの債権回収否定」は岡野および関口の証言ならびに前記決算報告書の記載をその根拠としていることは疑いない。

そうすると、岡野、関口の右証言に照らし、将来きちんとしようとした結果がいかなる結果であって、日本デベロの千代田リース等被告人らに対する借入金債務がどうなったのかを確認する必要があると同時に岡野や関口の言う所や日本デベロ(株)における千代田リースやアイチ高橋伸幸名義の債権がいかに扱われているかは極めて重要な徴憑であるというべきである。

三、新証拠の現出

1.この点について弁護人らは、非常に重要な新たなる証拠を発見した。

昭和五八年四月二七日、日本デベロより和議開始の申立が東京地裁になされた(同地裁昭和五八年(コ)第四号)。

同事件において弁護士若林秀雄が整理委員に選任され、同委員の依頼により、公認会計士松下明が監査を実施した。

2.同会計士の監査の結果作成の日本デベロの昭和五二年二月二八日以降昭和五八年一月三一日までの借入金の推移表によると、(有)千代田リースに対する借入金は、昭和五四年二月二八日において八〇〇〇万円の残高であったものが全額減少し、昭和五八年一月三一日において残高なしとされ、これについて川越開発にて返済した為残高を振替との説明が付されている。高橋伸幸(被告人志賀)に対する借入金一億三五〇〇万円、(株)アイチに対する借入金四〇〇〇万円についても全く同様の処理がなされている。

そして右処理と関連して、日本デベロの川越開発に対する債務が、同額増加している。

3.すなわち、主債務者日本デベロの被告人らに対する債務について、連帯債務者である川越開発が(有)千代田リース・アイチ・高橋伸幸らに弁済をしたため、以降、日本デベロは川越開発に対し求償権債務を負うこととなったという処理である。

しかしながら被告人らの右貸金債権について、会員権売却代金の取得の外に返済がなされた事実は全く存在しない。

そうすると、右会計士は、被告人らの会員権売却代金取得をもって債権の回収がなされたという事実、それは即ち本件においては担保物処分による債権回収であるが、その事実を岡野および関口の説明やその他の資料をもとに認定し、それを前提としてこのような処理をしたとしか考えられないのである。

右会計士の処理が、日本デベロの責任者であった関口正、岡野今雄の整理委員や会計士に対する説明と、彼らの提出にかかる資料に依拠していることはその報告中の説明の中にもあるとおりである。

4.そうすると、岡野証人は、前記のとおり、被告人志賀、(株)アイチの債権が尚存続していると証言した一方で債権の消滅というこれに背反する報告を裁判所選任の整理委員に対し報告しているのであるし、将来きちんとしようとして前年と同じに作成した昭和五四年二月期の決算報告書に記載の被告人らに対する債務について、将来きちんとしようとして処理した結果は右決算報告書の記載を訂正して、右のとおり担保物処分による返済がなされたものとしているのではないだろうか。

関口証人は、右決算報告書の記載の正当性について明確な証言をしていないが、又同時に右監査報告書に記載の処理つまり被告人らに対する債務の返済の有無について証言していない。

両名とも、被告人らによる横領の有無を認定する上での重要証人であるが、両名が、証言した時期と些程は離れていない時期に、原審法廷における証言とは相反する事実内容を公的に述べていることは決して看過できない事実であり、しかもその内容が被告人らの弁解に沿うものであることは重視する必要がある。

四、結語

原判決や検察官の主張にしたがえば、被告人ないし千代田リースはその有する川越開発(日本デベロ)に対する債権(アイチ分・高橋伸幸分を含む)は回収されていず、未だ債権者でありつづけていなければならないところ、前記和議手続においては債権者として扱われていないのであり、それら千代田リースの、および同社の有することとなった債権は川越開発が代位弁済を原因として取得したことを前提として手続がなされ、それら債権に対して、和解にもとづく金員が支払われているのである。

被告人にとってみれば、まさに「踏んだり蹴ったり」である。

刑事上は債権回収と認められないのであれば、和議手続(民事上)においては日本デベロの債権者として和議手続に参加する機会を与えられかつ配当等を受ける権利を保障されなければならないのにそのような権利は保障されず、被告人が債権回収を終えたとの和議手続の認定に従うなら刑事上も会員権売却代金の取得は債権回収であると認定されなければならない。

同一の者(証人)や資料(証拠)に基づいているのであるから相反する認定・判断がなされること自体避けられなければならないし、このような矛盾した判断が存在することは、むしろ検察官の主張やこれに引きずられた原判決の誤りを示しているというべきであろう。

本法廷において、何故に和議手続においてこのような判断がなされたのかを究明し、もって被告人の無罪を明らかにすべきである。

以上

別表

各年末における信用取引未決済残高及び諸経費明細表

〈省略〉

昭和五九年(う)第一七四五号

控訴趣意書差出最終日 昭和六〇年四月三〇日

○控訴趣意書

被告人 吉村金次郎

右の者に対する所得税法違反等被告事件について、弁護人らは、控訴の趣意を次のとおり陳述する。

昭和六〇年四月三〇日

弁護人 仙谷由人

弁護人 小川敏夫

弁護人 笠井治

東京高等裁判所 第一刑事部 御中

目次

第一 序

第二 原判決の事実誤認-川越開発事件-

一、原判決の判示と事実

1 担保会員権の口数

2 担保会員権の処分権限

3 「事実」と問題の所在

二、原判決の事実誤認

1 原判決の「会員権」解釈の誤り

1.重要な証拠=「委任状」評価の回避

2.ゴルフ会員権の法律的性質

3.担保会員権の売却

2 原判決の「担保会員権処分否定」の根拠事実についての事実誤認

1.新規印刷券との差替え

2.石丸らによる売却

3.志賀に対する謝礼

4.ローデム作成にかかる受領書の宛先

5.志賀供述

6.(有)千代田の記帳

7.日本デベロの決算書

8.川越開発の記帳

9.志賀の法廷供述

10.三〇〇口の追加登録

11.乙第二九号証

12.(株)千代田および川越開発の記帳と柴崎和子の供述

13.旧券の廃棄

14.債権回収の否定

15.会員権売却価格

16.会員権売却の終了

17.原判決の「弁護人の主張」批判

18.結語

3 「横領の共謀」についての事実誤認

1.原判決の認定

2.事実誤認の具体的指摘

4 志賀の供述の信用性の欠如-主としてランバン額について

1.志賀供述の位置について

2.志賀の人格・行動傾向

5 被告人吉村の検面調書の信用性についての事実誤認

第三 量刑不当

一、原判決の量刑についての判示

二、川越開発事件の情状

三、川越開発、パレスゴルフ事件に共通する情状

四、パレスゴルフ事件の情状

五、税法違反の情状

六、結語

第一 序

一、原判決は、被告人吉村金次郎(以下に被告人吉村もしくは被告人という)に対する川越開発事件、パレスゴルフクラブ事件・所得税法違反各被告事件につき、いずれも有罪の宣告をなし、被告人に懲役五年および罰金六〇〇〇万円を言い渡した。

二、

1 原判決は、川越開発事件においては、検察官の主張の骨格が崩壊し、すなわち右事件を基本的に規定している被告人((有)千代田リース)が川越開発興業株式会社(以下単に川越開発という)に対する債権者であり、川越開発に対して債権を有していたこと、加えてその債権には担保として川越初雁カントリークラブ会員権が設定され、前記債権が川越開発により不履行となった場合被告人が処分しうる担保会員権の数は、弁護人の主張した数に近い二四六〇枚であったとの大筋を認定しながらも、何故にか、被告人は担保権を実行することなく、債権回収と離れて、新規会員権を発行し、その販売代金を横領するに及んだという一大飛躍の大胆な有罪認定を行ったのである。

まさに、重大な事実誤認というべきである。

2 原判決は後に詳述するとおり、川越開発事件においては、客観的証拠を無視し、あるいはこれを曲解し、アプリオリにさらには、商取引の現状とはかけ離れた机上の空論を前提に「不法領得の意思」を推認するという誤りを犯したのである。

3 原判決を弁護人らが概観して気づく、原判決の誤謬の第一の原因は、被告人吉村における当時の、川越開発に対する債権者という立場、川越開発から担保会員権の登録請求を受け付けることを委任された(この委任のなかには担保を有しない他の債権者に対して、川越開発の債務と相殺して新しく会員権を付与することも含まれていた)有限会社初雁カントリークラブ(以下単に(有)初雁という)副社長としての立場、川越開発の経営方針を左右できうる程の大株主(取締役とはなっていない)としての立場、これらのうちいかなる立場にもとづき被告人が会員権売却という行為を行ったのか、という点についての無理解あるいは分析の不徹底にもとづいていると考えられるのであり、原判決の誤謬の第二の原因は会員券という単なる証拠書類にしかすぎない「紙きれ」を、そもそも有価証券であるかのように思い込むという「ゴルフ会員券」に対する“物神崇拝性”を払拭しえなかったところにあるといって過言でない。

三、したがって、被告人に対する所得税法違反事件についても、右川越開発事件における会員権売却代金のうち金八〇〇〇万円およびアイチから譲り受け、もしくは代位弁済した債権元本金四〇〇〇万円合計金一億二〇〇〇万円は、(有)千代田リースの川越開発に対する貸付金債権元本金八〇〇〇万円の回収であるのにこれをすべて被告人の所得として認定したことは、前記川越開発事件の事実誤認を必然に承継した誤りというべきであろう。

四、原判決は、被告人に対し前記のとおりの刑を言い渡した。

被告人が犯罪の成否を争わないパレスゴルフ事件の罪質(関連会社への流用)、実質的には損害を与えずもしくは損害が回復されていること、所得税法違反事件に関する被告人の納税ないしは納税計画に明瞭に看取しうる反省の態度と、国家的損失の回復、川越開発事件における担保権実行に伴う実質上の清算金の支払い等の情状からみて、「懲役五年」の実刑はあまりにも苛酷というべきであろう。

何らの反省もせず、五億円を利得したとされる国家的犯罪者としてその者に対する判決が懲役四年であったことは、右五年の実刑なる量刑のあまりの苛烈さ、あまりの不当さを浮かび上がらせてはいないだろうか。

刑の一般予防的観点、すなわち正しい申告・納税への警鐘、関連会社等を有する会社経営者に対する公私の峻別・関連会社間での経理、あるいは資金の流れの明確化の要請等を考えても、現下のリベート・政治献金・賄賂等が、不明確なまま横行し、かつこれにより行政が歪められ、あるいは不公平が生じている実態、そして国政の最高責任者が、その持すべき規範に反し公務員として収受してはならない多額の金員を受領した事案に対する制裁に比し、被告人の犯した行為が、それ程までに、重大かつ悪質という評価しうるであろうか。

刑の量定においては、事案そのものから考慮されるべき妥当性が必要であるとともに、他事案の罪質、その裁判機能による抑制の必要性から配慮されるべき公正さ、相対的妥当性も考慮されなければならない。

後に述べるとおり、弁護人らが、力説したいのは原判決の量刑のあまりの不当性である。

五、弁護人らは、控訴の趣意として

第一に、原判決の川越開発事件における重大な事実誤認すなわち、被告人について業務上横領罪は成立しないこと、したがって付随して所得税法違反事件も一部については成立しないこと、

第二に、原判決の量刑不当、

を重点的に主張する。

第二 原判決の事実誤認 -川越開発事件-

一、原判決の判示と事実

原判決の判断の中で、担保会員券(正しくは会員権であるが原判決の引用においてはその表現に従う。以下同じ。)の枚数についての判断と、これを処分する権限についての判断は、次に述べる一部分を除いて是認することができる(原判決一三七ページ以下)。

1 担保会員権の口数

初めに、会員権の口数であるが、原判決は、昭和五二年一一月三〇日時点において、一七一〇口であるとし、その内訳を、それまでの貸金の担保会員権一〇〇〇口の外にこれと合わせ、事実上保管していた会員券二五〇枚を担保とした(正しくは、会員権証券二五〇枚に見合う会員権二五〇口を担保としたものである。)ものであるとしている。原判決が、検察官の主張を排斥し、又、これに沿う岡野今雄の供述を採用しないことは当を得たものであり、既に不渡りを出した川越開発に緊急融資するに当たって、預かり保管中の会員券を担保としない筈がないという事実を率直に認めたもので評価出来るものである。

しかしながら、原判決は、被告人が事実上保管していた会員券を二五〇枚としており、その経過を

〈1〉 昭和五二年一〇月二七日ころ一〇〇〇万円を貸付けた際、乱番の会員権証券五〇枚を受け取った。

〈2〉 同年一一月一二日ころ三〇〇〇万円を貸付けた際、乱番の会員権証券一五〇枚を受け取った。

〈3〉 同年一一月一八日ころ二〇〇〇万円を貸付けた際、右〈1〉の乱番の会員権証券五〇枚を担保に充てた外、新たに別の乱番の会員権証券五〇枚を受け取った。

結局この合計二五〇枚が被告人吉村が事実上保管していた会員権証券であるとしている。

しかし、右〈3〉の乱番の会員権証券の内五〇枚が、右〈1〉の会員権証券五〇枚を充てたとする認定には再検討の余地がある。

原判決は、その根拠として、受取証等に記載の会員権証券の番号が重複していることを挙げているが、当時の岡野の杜撰なやりとりからみて、受取証に記載の番号が前後統一して番号を整理して枚数を把握するため記載されていたものとは考え難く、それは単に本来担保としてあった一〇〇〇口の会員権の会員権証券の外にこれに替わるものとして授受のあった会員権証券の枚数を、その都度示したに過ぎないものと考えるべきであるから、単に受取証に記載の番号が重複しているという一事をもって同一の会員権証券が流用されたと言いきれるものではない。

しかも、〈1〉と〈2〉の最初二回は乱番の会員権証券を別途に受領しながら、〈3〉に限って一部しか別途に証券を受領しなかったというのも事実の流れとして自然ではない。

やはり、〈3〉の一〇〇枚の会員権証券についても、新たに一〇〇枚の授受があったと考えるべきではないか。

そして、他の四六〇枚と合わせて七六〇枚の会員権証券が、昭和五二年一一月三〇日時点において被告人吉村が事実上保管していたもので、同日この会員権証券に見合う会員権七六〇口が同日貸付けの貸金三〇〇〇万円の担保とされたものである。

従って、被告人吉村が、同時点で有していた担保会員権は、一七六〇口であり、これにアイチから取得した担保会員権八五〇口を合計し、昭和五三年一月二一日当時の被告人吉村が有する処分可能な担保会員権は二六一〇口である。

この五〇口の相違がある点を除き原判決の担保会員権口数に関する認定は基本的に支持できるものであるが、原判決がこれを認める証拠として、検甲一五八岡野の検察官に対する昭和五七年四月二五日付供述調書に添付の資料四である昭和五二年一二月二一日付委任状を取上げていないのは不可解極まりない。

この委任状に関する点は後に詳述する。

2 担保会員権の処分権限

被告人吉村は、債務者川越開発の債務不履行により、有していた担保会員権の処分権限を取得するとともに売却した場合の売却代金を取得する権利を取得したもので、これを妨げる債権者集会決議はないとする原判決の認定は正当である。

3 事実と問題の所在

したがって被告人はその有する担保会員権をその処分権限にもとづいて売却し、自らの川越開発に対する債権を回収したに過ぎないというのが本件を素直にみたとき浮かび上がってくる真相なのである。

ところが原判決は、こうして被告人吉村が、売却した会員権とほぼ匹敵する担保会員権を有していたこと及びその処分権限と売却代金を取得する権利を認めながら、被告人吉村が売却した会員権は担保会員権ではなく、横領の犯意のもとで新規発行にかかる会員券を売却したと認定するのである。

原判決がこの認定の理由として述べる点については、以下詳細に批判するが、先ず第一に踏まえるべき点は、被告人吉村が売却した会員権は担保会員権ではなく横領の犯意のもとで新規発行にかかる会員券を売却したものであるという事実を認める客観的事実あるいは客観的証拠は無いという点である。

すなわち原判決は、新規発行にかかる会員券の作成とその売却行為自体が横領の犯意を発現する行為であるかの如く述べているが、会員権証券の作成は、川越開発から委任を受けた(有)初雁の正当な行為であり、担保会員権の売却も、右規定のとおり被告人吉村の正当な行為である。

このように、原判決が横領の犯意の発現と評価する右行為は、担保会員権を表示する会員権証券の重複を整理するための証券差替えのための新証券作成と、これに続く担保会員権の売却という評価によって十分に合理的整合性を有するものであり、むしろ、後述するとおり、横領の犯意と評価するより自然である。したがってこの新規発行にかかる会員券の作成とその売却行為という行為自体から被告人の横領の犯意を認定することは出来ない。

つまり、被告人吉村がその各有するそれぞれの立場にもとづいて担保会員権の売却の意思のもとに新規発行にかかる会員券の作成とその売却行為を行うことが十分に合理的に認められる以上、新規発行にかかる会員券の作成とその売却行為自体を横領の犯意の発現とすることは認められないからである。

そればかりか、特に本件においては、新規発行にかかる会員券の作成は(有)初雁における登録業務を円滑に行うため、その売却行為は、被告人吉村個人(もしくは(有)千代田リース)として担保会員権の売却の意思のもとになしたと考える方がより合理的であることは後に詳述するとおりである。

そうすると、原判決は、如何なる証拠を根拠として、被告人吉村の犯意を認定したのであろうか。

この点について、原判決は、「昭和五二年一二月下旬ころ、会員券用紙を新規に印刷することとしたが、その際、被告人吉村は、(有)千代田の保有する担保会員券とは関係なく、川越開発に大量の会員券を発行させ、この新規発行にかかる会員券を売却し、その売却代金を川越開発のため使用することなく横領しようと企て、」(三八ページ)と認定しているところ、このような認定を如何なる証拠によって認めたのかについて全く説明しない。

これに関連する部分として、被告人吉村が売却した会員権は担保会員権であるとする弁護人主張に対する判断として、担保会員権の売却ではないと認定する理由を掲げているが(一六六ページ以下)、この点は後に詳細に反論するところ、とりあえず結論だけを述べると、原判決の理由づけはどれひとつとして批判に耐え得るものはない。むしろ(有)初雁による新規印刷にかかる会員券の作成、被告人吉村による会員権の売却行為、(有)初雁における売却された会員権の取得者に対する登録行為という一連の事実は、会員権の売却行為が担保会員権の売却の意思のもとになされたと認めるべき充分な根拠である。

そして、この外には、原判決は、被告人吉村の犯意を認定する根拠を何ら示し得てはいないところである。

少なくとも、原判決の前記認定により、売却した会員権にほぼ見合う担保会員権とその処分権限の存在によって、検察官の主張するところの、担保会員権は一〇〇〇口しかない一方、売却した会員権はこれを大きく越えるから、売却した会員権が担保会員権ではありえず、また債権者集会の決議によりその処分権限も喪失されたとする検察官の構想(筋書)は瓦壊した。

この検察官の構想に沿う岡野証言も弾劾された。その外、公判に提出された全証拠を見渡しても、被告人吉村が会員権を売却したという外形的事実だけを認める証拠と、事情を知らない者や知らされていない者の証拠価値の極めて低い断片的供述があるのみで、被告人吉村の犯意を直接認める証拠は自白調書を除いては何一つとして存在しない。

その自白調書についても、原判決は、任意性を認めるものの、その信用性については十分な検討吟味を要するところであり、「当裁判所もこの点について慎重に対処した」として信用性を必ずしも認めていない。

原判決は、信用性について慎重に対処したと説明しながら、具体的に如何なる部分を信用し、如何なる部分を排除したのか全く不明である。

したがって弁護人らがこの点につき具体的反論をなそうとしても困難を極めるが、その詳細は後述するとして、結論だけをここで述べておくと、犯意に関する部分とこれを支える担保会員権口数及びその処分権限に関する部分の信用性を認めていないようである。

結局、原判決は被告人らの横領を認定するものの、これを完全に裏付ける事実或いは証拠はなく、単に、横領(担保会員権の売却ではないこと)だから会員権の売却も担保会員権の売却ではないとただただ力説しているに過ぎないもので、いうなれば横領だから横領であるとのタウトロギーに陥っているのである。

そして、会員権の売却についても、担保会員権の売却の意思(債権者(有)千代田リースの立場)のもとに新規発行にかかる会員券の作成(川越開発から委任を受けた(有)初雁の立場)とその売却行為を行った(債権者(有)千代田リースの立場)という事実が合理的に考えられるのに、これを具体的・客観的理由なく否定し、横領だから、会員権の売却は担保会員権の売却ではないと循環しているだけである。

以下具体的に反論するが、原判決は、担保会員権口数とその処分権限を認めた認定において評価出来るものではあるが、そうでありながらなお担保会員権の売却であることを否定した点について、重大な事実誤認をしたものであって破棄を免れない。

二、原判決の事実誤認

1 原判決の「会員権」解釈の誤り

1.重要な証拠=「委任状」の評価の回避

(一) 原判決は、次項において述べる如く、吉村における「横領の企図」は(有)初雁の川越開発から会員権の登録業務等の受任を契機として生じたと認定した(判決書三七~三八ページ)。

したがって川越開発からの委任の内容は、吉村における犯意の成立を左右するに足りる極めて重要な事項であるということになる。

(二) しかしながら原判決中には、「委任」という文言は二箇所に登場するものの、右の委任の内容に具体的に触れた部分はない。

原判決は意識的にか重要な事項に論及することを回避したものというべく、証拠を総合的に評価することを忘れ、それ故に被告人に不利益な認定に至ったものといわざるを得ない。

(三) そこで前記委任状(検甲一五八資料4)を検討すると、本件の争点に密接に関わる事項として同委任状には1項に

「当社(川越開発)発行の初雁カントリークラブ会員権、登録業務をなす件。

但し、債権者に担保として、差入中の約三四〇〇枚」

なる委任事項の記載がある。

これは、当時の川越開発及び(有)初雁、すなわち委任者、受任者という当事者間において、担保会員権が既に約三四〇〇枚発行済であるとの共通の認識を有していたこと、そしてこれらについては無条件で登録申請に応ずる旨が約定されていたこと、を意味する。

また、業務委託の期間は、「昭和五二年一二月二〇日より昭和五三年一二月三〇日の間」であることが明らかである。

この委任どおりの行為(会員権の発行・登録業務等)を行っているのならば、吉村ら被告人を横領に問擬することは出来まい。

原審検察官もまさにこのことを意識しておられたからこそ、委任状の問題に触れることなく、被告人らが川越開発の乗っとりを行ったと主張し、実質経営者として会員券を発行したことを業務上横領の根拠として求めたのであった(弁護人の原審弁論要旨一六~一七ページ)。

(四) しかし後述するように原判決は、原審検察官のこうした発想を誤りであるとして排斥し、吉村ら((有)初雁)の会員権発行・登録業務が前記委任状により委託されたものであることを一応前提にしている。

にもかかわらず原判決は、吉村がこの委任事項とは別個に、むしろこれに反して印刷の注文をした(権限を越えて行為した)というのである。

そしてそこに「横領の企図」を見るのであろう(越権の事実がなければ、横領は成立しない)。

(五) しかしながら本当に吉村はこの委任事項に反する行為をしたというのだろうか。

委任を奇貨として、委任とは無関係の行為をなしたというのだろうか。

(六) まず、吉村らが登録し、または登録に応じた会員権数は前記委任状2項記載の債権との相殺による新規割当分を含め合計で約三二八五口であり(判決書一八五ページ)、1項記載の範囲内に十分とどまっていることが明らかである。

受託権限を無視したうえ、これを越えて会員権を売れる限り売ったというのとは自ずから異なるし、したがって吉村ら((有)千代田リース、(有)初雁)の会員権処分及び登録受付行為が委任と無関係であったということは出来ない。

当時債権者によって殆ど一斉に行われていた会員権処分及び登録請求のうち吉村((有)千代田リース)によるものだけが担保権と無関係であり、その余の有担保債権者によるものは担保権の実行と認めるというのでは余りに不合理、不公平であるといわねばならない。

そしてまた吉村ら((有)千代田リース)による会員権処分期間も業務委託期間の範囲にあり(尤も、登録の受付期間は若干オーバーしたが)、業務受託者((有)初雁)の行為として期間の点でも権限を踰越した事実は皆無である。

そうだとすれば、原判決は一体何をもって吉村に不法領得の意思が認められるというのだろうか。

(七) しかしここでも原判決の論理は循環論法に回帰する。

行為が権限踰越したことを明確に摘示出来ないために、委任の内容は無視し、ただひたすら担保会員権と関係なく行為しようとの「意思」であったとし、だから「横領の意思」があったというのである。

しかし、そのような意思を明らかに物語る客観的事実は存在しない。

原判決を貫くものは、後述するとおり会員券の新規印刷が原則として新規会員権の創出を意味するかのような発想であり、まさに原判決はこのような発想をもって、会員券の新規印刷を直ちに横領の企図と結びつけているのである。

しかしこのような発想が根本的に誤謬を犯していることは後述するとおりである。

原判決の認定は、敢えて以上の委任状の内容に目をつむり強引な結論に至ったものというべく、重大な事実誤認があり、破棄を到底免れ難いものといわねばならない。

2.ゴルフ会員権の法律的性質

(一) 原判決は、被告人らが会員券を販売した代金を横領したとするが、その会員券が如何なる法的性質のものであるかについて全く考察がなされていない。原判決は、被告人らが販売した会員券(正しくは権であるが、ここでは原判決の表現に従う。)が被告人吉村の有していた担保会員券ではないことの最も有力な根拠として、被告人らが販売した会員券が新規に作成した会員券であることを挙げているが、しかし、以下述べるとおり、証券である会員券と、これに表示された権利である会員権の性質を正しく理解するなら、被告人らが新規に会員券を作成した行為は、被告人らが販売した会員券が被告人吉村の有していた担保会員券ではないことの根拠とはなりえないことが明確になる。

以後、実体の権利を会員権と言い、これを表示する証券を会員権証券という。

(二)(1) 会員権は、一般的に、ゴルフ場の優先的利用権と、入会時に預託した預託金の返還請求権の両者を総称した権利であり、この権利と同時に年会費の支払い義務が付随するものである。従って、会員権というよりは、会員資格あるいは地位と称した方がより適切な用語である。会員権証券は、この会員権を表示する証券である。本件の川越開発(株)の会員権及び会員権証券もこれに該当する。

会員権は、会員になろうとする者と、ゴルフ場経営者との間の合意(契約)によって発生する。発生には、預託金の預託といった先行条件あるいは理事会の承認といった条件が付される場合があるが、これは会員権が当事者の合意によって発生する性質に影響することではない。

(2) 逆に、会員権の発生に会員権証券の発行交付は必要条件であろうか。

会員権の発生は純然たる私法上の契約であり、これについて証券の発行交付が必要と定める法規定は存在しないから、当然、必要条件とはならないのであり、会員権証券を発行交付しないでも当事者間の合意のみによって会員権を発生させることが出来るという結論になる。

では、会員権が発生していないのに会員権証券が発行交付された場合はどうであろうか。会員権に関し、手形小切手について無因性を定める手形小切手法のような法規定は存在しないから、実体的権利が存在しない以上これを表示する証券が発行交付されたとしても、これに伴って実体的権利が発生することはないし、また実体的権利が存在するものと看做されることもない。但し、会員権証券の発行、表示等ゴルフ場側の行為から表見法理に基づいて、会員権発生(契約締結)があったと看做される場合も考えられようが、これは証券の性質から来るものではなく別の法理に基づくものであるから別の問題である。

以上述べたように会員権の発生と会員権証券とは、法的意味合いにおいて関連性はない。

(3) 次に、会員権の行使と会員権証券との関連を検討してみる。

会員権のうちゴルフ場の利用権を行使する場合に会員権証券の提出、提示は一般に必要とされていない。預託金返還請求権を行使する場合、一般には会員権証券の提出が要求されている。しかし、会員権証券が何等かの事情によって存在しない場合でも、会員が会員権を有していることが証明されれば預託金の返還は認められ、ゴルフ場側はこれを拒むことは出来ない。従って、会員権の行使と会員権証券とは法的意味合いにおいて関連性はない。

(4) 次に会員権の移転と会員権証券との関連を検討してみる。

会員権の移転の場合、一般の取扱いでは会員権の裏書による場合と、旧会員の会員権証券を、新たに作成した新会員の会員権証券と差換える場合が通例である。しかし、いずれの場合においても会員権証券が何らかの事情で存在しない時でも、会員権の存在を証明し、これを他に譲渡することが認められ、ゴルフ場側はこれを拒むことは出来ない。理事会の承認が得られない等の理由によりゴルフ場側が譲渡を拒否する場合もあるが、これは権利の譲渡禁止特約の問題であり、会員権の問題ではないから別の問題である。

ゴルフ場がゴルフ場側が備えた会員名簿に権利の移転(名義変更)が記載されていないことを理由として会員権譲受人の権利行使を拒む場合もあるが、これは、債権譲渡の対抗要件の問題であり、会員権証券の問題ではないから別の問題である。

会員権の移転がないのに会員権証券が移転された場合でも、真の会員権者は引続いて会員権を行使することが出来る一方、会員権証券所持者は会員権証券を所持することをもって会員権を行使することは出来ない。ゴルフ場側が会員権証券所持者を正当な権利者と誤信して会員権の行使を認めたとしても、それは債権の準占有者に対する弁済の問題であり、会員権証券の問題ではないから別の問題である。

以上の会員権証券の性質から、会員権証券には商法五一九条(善意取得)の適用はない。このことは最高裁判例も認めるところである。(昭和五七年六月二四日一小法廷判決、判例時報一〇五一号)。

(5) 最後に会員権の消滅と会員権証券との関連を検討してみる。

会員権が消滅した場合、会員権証券の所持者が会員権を行使出来ることはない。

表見法理に基づいて、会員権発生(契約締結)があったと看做される場合も考えられようが、これは証券の性質から来るものではなく別の法理に基づくものであるから別の問題である。

会員権が存在するのに会員権証券が消滅した場合でも、これを理由として実体的権利である会員権が消滅することはない。

(三) 以上の検討結果から明白に言えることは、会員権証券は、会員権の発生、行使、移転、消滅のどの場合においても法的意味合いにおいて当然に必要なものではなく、従って民事法上にいうところの有価証券には該当しない。従って、会員権証券は、借用証書等の契約証書と同じ、契約や権利の存在を証明する単なる証拠書類である。

つまり、会員権証券は体裁において有価証券のようにもみえるにしか過ぎない証書である。

また、会員権は、ゴルフ場の利用権と預託金返還請求権という個々の指名債権と会費支払い債務の合体した負担つき指名債権であるといえよう。

なお、刑法上、会員権証券は有価証券偽造罪の目的となる有価証券に該当するか否かが論点となるが、これはまた別の法理の問題である。

3.担保会員権の売却

(一) 原判決は、被告人らが、川越開発の新規発行にかかる会員券の売却代金を横領したと認定したが、これは会員権と会員権証券の性質を正しく把握したものではない。原判決は、会員権証券が発行された段階で、その証券に表示された会員権が発生することを前提としているようである。そしてその権利も証券に化体されていると考えているようである。このことは、判示罪となるべき事実における、被告人吉村において、(中略)、会員券二〇〇〇枚を代金三億円に売却する旨の契約を結び、(中略)、約束手形二〇通を売買代金として受け取り、これを川越開発のため業務上預かり保管中、(中略)、着服して横領したという記載から明らかである。

(二)(1) しかし、会員権の発生と移転が会員権証券の発行移転と必然的関係にはなく、当事者の合意によって行われることは前述したとおりであるが、その具体的合意の態様は会員権の発生と譲渡では基本的に相違し、会員権の発生は、ゴルフ場とその会員になろうとするものとの契約によって発生するものであるところ、会員権の譲渡は、譲渡人と譲受人との契約に基づくものなのである。即ち、本件にあてはめて説明するなら、会員権の発生は、川越開発と会員になろうとするものとの契約(会員契約)によって成立つのであるが、一旦発生した会員権は、権利者である会員が、これを第三者に譲渡する契約(債権譲渡)によって成立するものである。譲受人は名義変更によって、会員権債権の債務者である川越開発に対する対抗要件を備えることになる。

(2) そうすると、川越開発が会員券を売却するという原判決の認定事実は、「会員券」と「売却」という二つの意味において基本的理解を誤っているものである。つまり、川越開発は、会員券という債権の存在を証する証書を売却したものではないし、売却する立場にもない。川越開発は、契約により、会員から入会金という対価を取得しかつ預託金の預託を受けるのと引換えに、会員に対し、ゴルフ場を利用させる債務と預託金を返還する債務を負担するものであって、その契約成立の証拠として会員権証券を会員に交付するものであるから、川越開発は、「会員券」を処分したものではないし、会員権を「売却」したものでもない。この誤りは、原判決が、会員権証券を発行によって権利が発生し、また会員権証券の移転に伴い権利が移転するという手形と同様若しくはこれに類似する有価証券と誤解していることに起因するものである。

仮に、原判決の理解が正しいとするなら、会員権証券の発行が会員権を発生させるのであるから、新券の発行により被告人吉村が有していた担保会員権とは別個の会員権が発生し、これが処分されたという認定に帰着することになるから、被告人らが新券を発行した行為は一際重大な行為であると評価されることになろう。

原判決が、認定事実を根拠付ける理由の先ず第一に新券発行の事実を掲記していること及び認定事実の表現から、原判決が、右に指摘した誤りを犯していることは確実である。

(3) しかし、会員権と会員権証券の性質を正しく理解するなら、新券の作成という被告人らの行為が直ちに被告人吉村の有していた会員権とは別の会員権が存在することを認めるものとはなりえず、新たに作成された新会員権証券が如何なる会員権を表示するものであるのか検討しなければならないことになるものである。原判決は、この点について、「ところで、検討の前提とすべきことは、(中略)本件において問題となる会員券は、(中略)(有)千代田リースないし被告人吉村の保有していた担保会員券そのものではなく、いわゆる新券であるということである。弁護人も、この事実を認めながら、なお、それは右担保会員券が被告人吉村によって観念的に差し替えられたものである旨主張している。」という説明から明らかなように、新券の発行によって、それが新会員権の発生と看做されるように考えているものであり、この前提に立って、新会員権証券の作成は担保会員権の証券と差し替えるためであるという弁護人の主張を排斥しているが、これは正当ではない。

(4) 以下詳述するとおり、新券の作成は、如何なる観点から見ても被告人吉村が有していた担保会員権(債権を譲渡担保としたもの)を表示していた旧券を新規の証券に差し替えるためであると考えるのが合理的であるにも拘らず、原判決が、苦しい理由づけによってこれを否定していることには右に述べた基本前提の誤解が大きく影響しているものである。

2 原判決における「担保会員権処分否定」の根拠事実についての事実誤認

1.新規印刷券との差替え

原判決は、会員券の差替えが可能であることを認めながら、それを有効とするには新旧両券の対応関係を個別的具体的に明確にしておくことが必要であるとしている(一六八ページ)。

しかしながら、会員権証券は、前述したように単なる会員権の存在を証する証書に過ぎないのであるから、その差替えは、これを制限する法規定が存在しないばかりか、本来当事者間の合意によって自由に行うことが出来るものであることは言をまたない。

(一) 原判決は、差替えを有効とするには新旧両券の対応関係を個別的具体的に明確にしておくことが必要であるというが、これは、原判決が本来存在しない有効要件を創造したもので決定的な誤謬を犯しているものである。

原判決の見解に従えば、差替えを行う場合の有効要件が満たされない差替えが行われた場合には、その差替えは無効であり効力を生じないことにならざるを得ないが、その場合に実際に行われてしまっている無効なる差替えは一体どのように収拾することになるのであろうか。

例えば、検甲二〇四号証報告書によれば、平和商事は、A五〇〇番からA五四九番までのうちの少なくとも三五枚の新会員権証券を登録し、セブンシーズは、六〇数枚の新会員権証券を登録している。平和商事及びセブンシーズが売却した会員権は、平和商事及びセブンシーズが岡野から担保として取得していた会員権であって、証券は当然に旧券であるところを新券に差替えて登録したものである。これらの差替えについて、原判決が差替えを有効とするための必要要件であるための、新旧両券の対応関係を個別的具体的に明確にしておくことはなされていないが、この差替えは、原判決が川越開発の実質経営者であると認定する被告人両名と、権利者である平和商事、セブンシーズとの間の合意に基づいてなされたもので、これを無効とする理由はない。

仮に原判決に従って差替えは無効であるとすると、平和商事等が売却した新券に表示された会員権は担保会員権とは無関係な会員権であって、平和商事は権限なくして新券に表示された会員権を売却したことになる。これに伴い担保会員権は消滅しないまま現在でも存在するという結論に至らざるを得ない。この結論が余りに事実から乖離しており、到底容認し得る結論ではないことは明らかである。

原判決が差替えの有効要件を創造、創作して、被告人らの差替えを否定したことは、原判決の決定的な誤りであるといえよう。

特にまた、被告人吉村と平和商事、セブンシーズは、岡野から担保会員権の設定を受けて旧券の引渡しを受けていたこと、売却した会員権について新券により登録を受けていること、証券差替えに当たって原判決が言うところの有効要件を備えていないことについては、全く同じである。にも拘らず、被告人吉村の会員権売却だけが担保会員権の売却ではなく、平和商事、セブンシーズについては担保会員権の売却であるという客観的根拠がいずれにあるのか原判決では不明である。

いずれにせよ、原判決が言うところの証券差替えについての有効要件を満たしていない平和商事、セブンシーズの行った差替えが認められる以上、これと同一条件にある被告人吉村の証券差替えが認められないとする理由はない。

あるいは、原判決が有効とはいえないという表現を用いたのは筆の走りであって、主眼とするところは、不適切程度の意味合いだったのであろうか。そう理解したとしても、原判決の指摘するところは実情に反している。

原判決は、本件会員権証券が、多数の会員が有している状態にあるのではなく、被告人吉村が一括して有していた会員権の証券であることを見失っているのではないだろうか。即ち、多数の会員が所有している会員権の証券の差替えであるなら、対応を個別的具体的にしておかなければ混乱を生じることになるであろう。場合によっては会員の有する会員権の内容が会員によって異なることがあるが、その場合には尚更である。

しかし、被告人吉村の有していた会員権は、全部が完全に同一内容の権利であり、個性は全くない。

そして、この会員権という名称の指名債権は、いずれも債権者が被告人吉村であり、債務者は川越開発であって、この面からみても全く個別性がない。

被告人吉村が川越開発から受けとった会員権証券には、証券番号が付されていたものと、単に担保差入れ証に番号を表示されただけで証券自体には番号の付されていないものとの二種類があったが、いずれもその証券番号には意味が全くない。つまり、乱番の番号が付された会員権証券は、単に売却を容易にする目的のみの理由で付されたものであって会員権を特定する意味は持っていない。このことは、既にその番号に該当する会員権が存在し、会員名簿にもその記載がなされている番号を重複して勝手に書込まれたものであるという事実から明らかである。会員権を特定するどころか、特定を阻害するために付されたといっても過言ではない番号である。

担保差入れ証にしか番号が表示されていない会員権証券の場合は、証券自体に番号がないのであるから尚更であるし、この会員権証券についても、例えば伸共ゴルフに交付された会員権証券と重複する番号であるように幾重にも重複している証券番号が付されている。

これらの事実から分かるように、証券番号には会員権を特定し個別化する意味合いは全くないのである。単に、番号がなければ証券の体をなさないから付されているにしか過ぎないものである。

このような状況にある会員権証券を差替えるに際し、何故新旧の証券の対応関係を個別的具体的に明確にする必要があるのであろうか。原判決がいう個別的具体的対応とは、旧証券の番号に対応する新証券の番号を明確にすることを示すもので、その目的は新証券に表示された会員権が多数の会員権の中のどの会員権に該当するのかを明確にすることを意味するものと考えられるが、旧証券の番号自体が会員権の特定には無意味な実態にあるのであるから、被告人吉村としては、証券の枚数だけを把握して差替えれば十分であるし、新証券に他と区別出来る新番号を付すことによって、その証券が表示する会員権との対応が個別的かつ具体的に明確になるのである。従って、原判決のこの点の説示は誤りである。

(二) また、原判決は、被告人吉村による総枠としての枚数の管理が、被告人吉村のみが行っていたのでは不十分であるように説明しているが、(有)初雁を含め被告人吉村の経営する会社は全て被告人吉村のワンマン会社であって、落合等の社員は機械的に事務を取扱うだけの存在であるなど被告人吉村の指示が全てを決定する状況にあったのであり、枚数が枠に達したなら被告人吉村の指示で直ちに販売を停止出来る業務体制にあったのであるから、被告人吉村自身が枚数を管理していれば十分であるといえよう。それも、被告人吉村は、日々、通帳やノートによってチェックしていたのである。

これに関連して原判決は、ローデムに対して、被告人吉村が枚数管理を怠っていたとするが、あまりに牽強付会な論理ではないだろうか。ローデムは、二〇〇〇口の販売に備えて大量のセールスマンを雇傭し、相当の宣伝費用を投入してその販売にあたったが、後半になって売行きが落ちるのに伴い資金繰りに追われるようになり、このため、ローデムは客から販売代金を受領しながらこれを他の費用に流用してしまった結果、代金支払い済みの客の登録を出来ない事態に陥ってしまった。このためローデムは、更に会員権を売却して資金をつなげなければならないという自転車操業的悪循環に陥り、被告人吉村の関知しない状況下で多数の会員権をオーバーして販売してしまったものである。このオーバー分について、ローデムは客の苦情に対処するため、手形による事後決済の方法による会員権購入を被告人吉村に泣きついて求めたものであり、被告人吉村は、これに好意で応じ、被告人志賀に相談して、同人分の会員権三〇〇口をローデムに売却したものである。このように、ローデムの過売行為はあげてローデムの責任行為であり、被告人吉村のあずかり知らないところであるから、被告人吉村の口数管理の懈怠を認める事実にはならないものである。

(三) 続いて、原判決は、旧券を残した状態で新券を売却した場合は、有効な差替えひいては担保会員券の売却があったとはいえないとしているが、これも事実関係から乖離した論理である。

原判決の認定にあるとおり(一四四ページ)、被告人吉村は、昭和五二年一一月三〇日、手元にあった七一〇枚の会員券を担保に充てたのであるが、この時は、緊急を要したため取締役会議事録を受け取っていない。(なお、真実は七六〇口の会員権を担保としたのであるが、ここで述べる問題ではないので七一〇枚という判決を引用した。)そうすると、この七一〇枚については、会員権証券のほかには被告人の担保であることを証する資料がないことになる。また、取締役会議事録の交付を受けてある担保会員権一〇〇〇口についても会員権証券の所持が担保権の存在を証する最大の証拠である。

これについて、原判決は、差替えであるとするなら新券の売却の際には旧券を残してはならないというが、前述した会員権と会員権証券との関係を正しく把握するなら原判決が言うような結論にならないことは容易に理解出来るしまた、仮に原判決の論理に従うとした場合、新券が担保会員権を表示するものであることを何によって証するのであろうか。被担保債権が完済されるまでは担保関係の証拠を所持するのは当然のことであり、原判決の論理は、こうした実情を見失っている。被告人吉村が、担保会員権の売却によって債権を全額回収するまで、担保権の最大証拠である旧券を所持したこと及び、債権の回収後これを廃棄したことは極く当然の行動である。むしろ、担保会員権の処分であるからこそ、その証拠たる旧券を残存させたのである。

2.石丸らによる会員権売却

原判決は、被告人吉村が、ローデムに対し、二〇〇〇口の会員権を売却する契約締結後も石丸に旧券のまま担保会員券を売却させていたとして、証券の差替えの必要性を否定するが、原判決が自ら僅かではあるがと指摘するとおり、石丸が旧券のまま売却した会員権は僅か一三口である。しかも石丸は、その後に一六二口も新券に差替えて売却しているのである。石丸の取扱った会員権売却のうちの一部のみしか取上げずその余の重要な部分を捨て去って評価するのはどうであろうか。

石丸が旧券のまま売却した会員権の総数は、ローデムに二〇〇〇口を売却する契約締結前のものを含めても僅か一七口である。その時の事務態勢等によっては、多少の漏れが生じたとしても止むを得ないであろう。実際、石丸が売却のため旧券を被告人吉村から受け取ったのは、最初の登録が昭和五二年一二月二八日である事実からみてもその数日前ということになるが、新券が納入されたのはその後の同月二九日である。更に、その時期には原判決も認定するとおり、ローデムに対する二〇〇〇口の会員券売却の交渉が持たれており、昭和五三年一月二一日には契約が成立している。一方、新券の追加納入は同年一月二七日である。新券をローデムに渡す必要を考えれば、石丸に渡す余裕は全くないし、仮に無理すれば出来ないことはないとしても、被告人吉村において、石丸が当面売却する僅かな会員権について、旧券のままでも仕方がないと考えても何ら不自然ではない。

更に原判決は、被告人吉村の売却にかかる会員権を除く他の業者等が売却して登録された会員権については、伸共ゴルフ等差替えられたものもあるが、大部分は差替えられていないというが、検甲二〇四号証報告書によれば、甲番号乙番号及び無記号の証券が旧券、ABCDEFあイの記号が付されているものが新券であるところ、業者名別の登録枚数表の順に従って、被告人吉村関係以外の担保会員権を売却した業者を取り出すと次のとおりである。

新券枚数 旧券枚数

東京ゴルフ 五八枚

峯(平和商事) 四枚 一三枚

峯、セブン 一三枚

平和、峯 五枚 六枚

セブンシーズ 一二枚

セブンゴルフ 一枚

平和、斉藤 二枚

平和、斉藤 六枚 四枚

平和斉藤(大附) 七枚

平和斉藤、内川 二枚

平和斉藤、市川 一枚

市川(平和) 一枚

斉藤平和市川 三枚

平和 一枚

大附 五枚

大附平和 一枚

伸(伸共) 一二枚

伸共 三枚

伸、イーグルゴルフ 一枚

関東ゴルフ(伸共) 一枚

伸共-田無ゴルフ 一枚

銀座ゴルフ 一四枚

セブンシーズ 四八枚 一九枚

東京ゴルフメンバーズ 八八枚 一二枚

伸共ゴルフ 一七枚 三九枚

三九枚中一四枚は新券番号併記

島掛(平和大附) 二枚 二枚

平和斉藤 一枚 一枚

平和(島掛) 六枚

東京ゴルフ 六枚

六枚中五枚は新券番号併記

原判決が、旧券番号と新券番号の併記された右の伸共ゴルフと東京ゴルフの合計一九枚に限って差替えがなされたものであるというのであるなら、右の数字から明らかなとおり、新券番号しか記載されていない差替え分を除外した誤りがある。

また、現判決は、大部分の担保会員券(旧券)は、新券に差替えられることなく、そのまま登録されているというが、右のとおり、新券に差替えられて登録されたものも一九一枚あることを無視した暴論である。

現判決のこの点に関する理解の前提に、差替えは新旧両券の対応関係を個別的具体的に明確にしておくことが有効とするべき必要条件であるとする見解があるなら、それが見当違いの見解であることは、前に詳述したとおりである。

また、担保会員権である会員権証券について、被告人吉村の分を除くと、過半数が旧券のまま登録されている事実については、すでに担保として旧券を所持し、これを客に売却してしまった業者が煩わしいからといって差替えを拒んだ場合に、これを強制するのは難儀なことである。

それに、差替えの必要性があるから先ず自分から行うのが普通の行動である。他が全員とはしていないからとして、その必要性がないとする根拠とはなりえないし、そもそもそれなら、差替えをしている平和商事、セブンシーズ、伸共ゴルフ等の業者は、一体何故差替えたのか。差替えをしていない部分に着目するのではなく、担保会員権を有していた債権者のうち差替えを全くしていない債権者はいないという事実にこそ意義を認めるべきである。

3.被告人志賀に対する謝礼

次に原判決は、被告人吉村が被告人志賀に対し、会員権売却の謝礼として売却代金の半分を与えたことが、到底考えられない事実であるとしている。

(一) しかし、ゴルフ会員権が一般にどのように評価され流通しているかの実態を観察するならば、コースを正常に維持することの謝礼として会員権売却代金の半額が与えられたとしても決して不自然な事実ではない。

現在、全国のゴルフ場の会員権に相場が立ち、各コースの評価価格が存在し、この価格により流通しているが、この流通価格は、預託金の額とは殆ど無関係に決定されている。例えば、名門コースといわれ会員権相場が二〇〇〇万円とか三〇〇〇万円にも上るゴルフコースであっても、その預託金は三〇万円、五〇万円というように一〇〇万円にも満たないものが大多数である。特に、ゴルフブーム初期の昭和三〇年代頃に設立されたゴルフコースの多くは、こういう実態である。

このように預託金債権の金額が低いにも拘らず、会員権が預託金債権の金額とは掛け離れた相場価格で取引きされていることは、ゴルフコース利用権が会員権の相場価格の中心であることを明確に示している事実である。また逆に、預託金債権額が二〇〇万円なり三〇〇万円なりでありながら、会員権相場価格が二〇万円程度に過ぎないというゴルフコースもある。弁護人が知っている例では宇都宮国際カントリークラブ等がそのケースである。これも、会員権の相場価格は、預託金よりも、ゴルフコース利用権の内容によって決定されていることの何よりの証拠である。

会員権の相場価格を決定する主要素はゴルフコース利用権であるが、その内容は、コース運営の安定度、コースにおける会員の優遇度、会員の利用の容易さ、会員数、会員の質、営業母体の質等の他要素によって決定されているのであるが、その中でも中心は何といってもコース運営の安定度と、会員の利用の容易さである。これがおろそかにされてしまうなら会員権の相場価格は立たなくなってしまうといっても過言ではない。

被告人吉村は、会員権売却代金の半分を被告人志賀にコース運営の謝礼として与えたが、被告人吉村が会員権を販売するにあたっては、被告人志賀においてコース運営を正常化しておくことが絶対の条件であったことを考えるなら、決して高額に過ぎる謝礼ではない。しかも、コースは岡野ら前経営者による乱脈経営のため、従業員は仕事が手につかず、会員から苦情が出るなど劣悪な状況下にあったものを正常化させたのであるから、被告人志賀の功績も大である。

また、被告人吉村は、担保会員権の被担保債権額は、アイチに対し代位弁済した三〇〇〇万円(四〇〇〇万円から会員権により代物弁済した一〇〇〇万円を控除した金額)と合わせて一億一〇〇〇万円であって、担保会員権売却の半分を被告人志賀に与えたとしても尚十分に債権を回収出来るものであるから、被告人吉村が、自己の担保会員権売却代金の半分を被告人志賀に与える代償を伴ってもなお、担保会員権を売却し得る環境作りに気持ちを傾けたとしても不自然なことではない。

(二) 更に、当時、被告人吉村は、税金問題などで被告人志賀にだまされていることは全く知らず、被告人志賀のことを公認会計士という社会的に評価される資格を有するものであり、自己の援護者であると思って尊敬していた状況にあり、かつ自らの営業の「看板」になって貰っていると意識していたことも、被告人志賀に惜しみない謝礼を与えた事情である。

被告人志賀が謝礼として会員権売却代金を受領したのではないと供述している点は、被告人志賀が自己の債権を回収したと虚偽の弁解をしている以上当然の帰結であるが、後に述べるように、被告人志賀の弁解は、担保会員権売却という正当な事実を誤って否定せざるを得ない状態に陥らされた結果なされたものであり、事実認定の基礎とすることは出来ない誤った供述である。

4.ローデム作成にかかる受領書の宛先

原判決が、ローデムの会員課員吉川英喜作成の会員権証券受領書の名宛人が「川越開発興業株式会社」「有限会社初雁カントリークラブ」と併記されており被告人吉村の個人名が記載されていないことを、被告人吉村がローデムに会員権を売却した行為が川越開発のために行った行為であるとする一つの根拠としていることには、正直なところ驚きを隠しえない。

「川越開発興業株式会社」「有限会社初雁カントリークラブ」と併記された記載自体から、その受領書が「川越開発興業株式会社」「有限会社初雁カントリークラブ」のいずれを指すのか不明である。特に「有限会社初雁カントリークラブ」はイコール被告人両名であって、イコール「川越開発興業株式会社」ではない。その受領書に被告人吉村の氏名を記載した名宛がなくとも、実質はそれを示す「有限会社初雁カントリークラブ」の記載があるのであるから、原判決がその点を全く無視していることは不当である。

また、吉川の上司で会員課長の古川は、ローデムが買いいれた本件会員権について、詳しいことは分からないと供述しているのである。(検甲一六六号証)。古川ばかりか直接買いいれた戸田にしても詳細は知らないのである。役員の戸田や、上司の古川さえ分からないものを単なる課員にしか過ぎない吉川に分かる訳がないであろう。このような者が単に便宜記載したとしか考えられない名宛をもって事実認定の基礎とすることは如何にも無理である。「川越開発興業株式会社」「有限会社初雁カントリークラブ」という実態の異なる両社が名宛人として併記されていること自体が、吉川が正確な事実認識をもっていない何よりの証拠である。

このように、根拠とするには苦しくかつ些細な点を特に取上げなければ認定事実を支える根拠らしい根拠がないというところが、原判決の認定の苦しさをよく表現していると言えよう。

検察官の論告意見にもなく争点にもなっていない部分なので弁護人は、原審においては説明していないが、判決が、意見にも尋問にも特に指摘されていない証拠物の中の一点を突如取上げて、被告人側の反論の機会もないまま事実認定の根拠とするのは被告人側の防御権を軽視するものである。

このような価値のない吉川作成の受領書より、ローデムの手形台帳(検甲一六四号証末尾添付)の記載の方がより証拠価値があろう。これによると、昭和五二年四月に岡野(川越開発)から買い取った会員権について、川越開発からの仕入と明確な記載があるのに、被告人吉村から買い取った本件会員権については、川越開発からとの記載はなく、特に五三年一二月分については、(有)川越初雁カントリークラブに対する支払いと明記し、川越開発興業株式会社に対する支払いではないことを明記している。重ねて述べるが(有)初雁はイコール被告人両名である。

5.志賀供述

被告人志賀が、本件売却にかかる会員権について、「担保会員券を売ったことにしよう、と被告人吉村が言った。」と述べた供述は、後に述べるとおり被告人志賀が正当な弁解を無意味と誤解させられた上に立つ信用性のない供述である。

6.(有)千代田の記帳

原判決は、遅くとも昭和五三年一二月三一日の時点においては、(有)千代田の日本デベロないし川越開発に対する貸付金債権の残額は零になるべきところ、その記帳は鉛筆書きのものしかないとして、正しい記帳がないと述べている。

ところで、原判決の説示では、昭和五三年一二月三一日の時点においては(有)千代田の川越開発(日本デベロを含めて総称する。)に対する貸付残金が何故零にならなくてはならないのかについての説明が欠落している。これが、担保物を処分し終わったからというのであるなら、担保会員権の売却を完了した昭和五四年四月の時点であるから原判決は事実を誤っている。

昭和五三年一二月に、被告人吉村がローデムに対し、被告人吉村((有)千代田リース)の担保会員権がないとして、被告人志賀の債権の分として入手した会員権三〇〇口を売却したから、その時点では被告人吉村は担保会員権を全部売却済みであるというなら、それは、三〇〇口もまとめて売る分はないということに過ぎない事実を誤って一口もないと誤解したものである。

次に、(有)千代田の貸付金元帳の記載であるが、(有)千代田は、昭和五三年四月に、(株)千代田に移行し、債権もその時点における現状のまま譲渡されたのであるから、同月以降の記帳は本来無くてよいものである。それが同年一二月付で鉛筆書きによる記載があるのは何かの事情であろうが、それは全く意味のないメモ程度の後書きかも知れないし、あるいは後日記載する時に日時を間違えたのかも知れないものであろう。いずれにせよ本来記帳される必要のない記帳に過ぎないのだからそれ程重要な事実ではない。

さらに、鉛筆書きの訂正がなされるまでは、一億二六〇〇万円が受入れられて零との記載がなされていたことが、その記載上から明らかであるが、内四六〇〇万円は、(株)千代田の(有)初雁に対する貸付金として引き継がれていながら、八〇〇〇万円は川越開発にも(有)初雁にも貸付金として引き継がれていないのであるから、八〇〇〇万円は、その時点から回収扱いになっていたものと見ることが自然である。

従って、鉛筆書きの訂正も、八〇〇〇万円の債権が存在するとあったものを存在しないように訂正したのではなく、もともと零であったものが、零になっている点においては何ら変わらずに、内訳が追加して記載された程度に過ぎないものである。

この記載が如何なる時期如何なる事情のもとでなされたかは今では不明であるが、零を零としたに過ぎないという事実から、原判決が指摘するような、(有)千代田の日本デベロないし川越開発に対する貸付債権の残額は零になるべきところ、その記帳は鉛筆書きのものしかなく正しい記帳がないとして、あたかも従前は零でなかったものが零と工作されたかのように述べている点は誤りである。

なお、四六〇〇万円は、本来(有)初雁に対する貸付金であるが、昭和五三年四月に川越開発と(有)初雁の分化が明確化した時点まで川越開発に対するものとして記載されていたものであろう。

そうすると、本来記帳されるべき(株)千代田における記帳がどうであったかが問題であるが、原判決は、(有)千代田の鉛筆書きの部分を事後工作と断定し、(株)千代田の元帳にもこれに照応した作為が加えられている公算も否定出来ないと述べている。

そして、原判決は、検甲一九一柴崎和子の供述について、(株)千代田の元帳には川越開発に対する貸付金が引き継がれていないという供述も作為後の(株)千代田の元帳を前提にしてなされたものと思われないではないと続けている。

検甲一九一柴崎和子の供述は、検察官から帳簿を示されながら供述しているのである。そのような作為があるなら検察官は見落とさないであろう。しかも、(株)千代田に移行したのは昭和五三年四月である。原判決が事後工作と断定する記帳は昭和五三年一二月付の記載をその事後に工作したというのである。原判決の論理に従えば、(株)千代田の元帳は、一旦引き継いだ貸付金が事後に、引き継いでいない如くに抹消されたことになるが、仮にそのような工作があるなら検察官は見落とさないであろう。

また、原判決は、しきりと事後工作であるというが、仮に工作するとするなら、鉛筆書きの工作等ではなしに、記載の様式からは工作であることが分からないように工作するであろう。

以上述べたとおり、原判決は、余りにうがった推理をしているものであるし、被告人吉村を有罪にするがために、ことさら曲げて掘り下げていくようでもある。

この記帳に関する事実は、検甲一九一柴崎和子の供述を素直に読むとおり、(株)千代田には(有)千代田の川越開発に対する貸付金は引き継がれていないのであり、それは、被告人吉村が担保会員権の処分により貸付金債権を回収中であったからである。

7.日本デベロの決算書

原判決は、日本デベロの昭和五四年二月期の法人税確定申告書に添付の決算報告書(検甲二〇三号)には(有)千代田に対する八〇〇万円の債務がある旨記載されていることを取りあげ、被告人吉村が担保会員権の売却によって債権を回収したのであるならその旨連絡すべきであるし、それも容易であるのにしていないことを、担保会員権の売却ではないことの一根拠としている。

ところで、右決算報告書は、岡野証言にあるとおり、岡野が「前年度のを踏襲し、将来きちんとしようということだけで作ったわけです。」(岡野証言一六回公判六〇丁)というもので、債権債務の消滅関係に関する事実を全く反映していないものであり、岡野自身が弁済に関与して消滅した村田ソモの債権でさえ消滅していない計算になっているものである。当然、被告人吉村と同様に、担保会員権を売却して債権を回収した伸共ゴルフについても、(有)千代田リースと同様に債権がある旨記載されている。

このように、被告人吉村が関口に連絡するか否かとは無関係の事情で債権の消滅関係が記載されていない帳簿に、どれだけの証拠価値があるだろうか。原判決は、被告人吉村が連絡を怠ったが故に債権消滅の記載がなされなかったとしているが、全く事実を取り違えたものであるし、そもそも被告人が連絡をしなかったという事実を証する証拠はないし、代表者であり、最も調査するべき義務を有する関口でさえ、自分の直接関係したことだけを岡野に伝えたというのであって、債権債務関係全般を正しく反映させようという気持ちなどなかったのである。それを、被告人吉村の責任である如く認定するのは余りに無理な認定であろう。

また、原判決は、被告人吉村は、権益確保に必要な証憑は慎重なほど作成していることを取りあげ、被告人吉村が債権消滅の連絡をしなかったのは手落ちとは単純に推認することは相当でないとしている。

このような不公平な推論は、作成者さえ、「前年度のを踏襲し、将来きちんとしようということだけで作ったわけです。」と証言している証拠価値のない決算報告書を基礎とし、証拠もなしに被告人吉村が連絡しなかったと認定してその責任が被告人吉村にあると断定した上に立っているようであるが、被告人吉村の罪責を検討する論理とは考え難い極端に非合理な論理である。

ところで、原判決の推論であるが、担保会員権を売却した事実を債務者に対し連絡するということは、被告人吉村の権益確保とは無関係であるから、これを同列に対比した原判決の推論は、それ自体、罪責を論じる根拠となり得るものではない。

むしろ、原判決が検察官の論告意見にさえなかった、このような苦しい推論でさえ掲げなければ有罪の根拠を説明出来ないということが、原判決の有罪認定に無理があったという実体を曝け出すものであろう。

8.川越開発の記帳

原判決は、被告人志賀が作成した昭和五三年一二月期の川越開発の元帳(符六八)には、被告人志賀に対する債務を返済した旨の記載がないことを掲げている。これが、何を認める根拠であるとするのか判決中には説明がないので不明であるが、被告人志賀は、元本の外、利息及び遅延損害金債権をも有するものであるから、これも検討の中に入れなければならないし、また、被告人志賀が関口から利息等として東松山カントリークラブの会員権等を受け取っていたことは被告人吉村は知らないことであったし、そもそも、被告人志賀は、自身で行なった(有)初雁の経理でも分かるとおり、被告人吉村の知らないところで、各種の経理操作をしていたものであるから、仮に被告人志賀が債権の二重取りを画策していたとしても、被告人吉村には分からないことであったし、被告人吉村の認知しない被告人志賀側の事情によって、被告人吉村が売却した担保会員権の性質に差異が生じるものではない。

9.志賀の法廷供述

原判決は、続いて、被告人志賀の提出した債権充当一覧表や被告人志賀の主張する防戦資金の弁解を批判しているが、その批判自体は正当である。しかしながら、被告人志賀の供述は、後に詳述するとおり、本件が被告人吉村の有する担保会員権の売却であるという事実の主張が無意味であると誤解させられた特異な状態の中で、被告人志賀の奇弁癖をもって考えられた不自然なものであり、事実認定の基礎にはならないものであるから、原判決が、これをもって被告人吉村の法廷供述を弾劾しようとしていることは誤りである。

10.三〇〇口の追加登録

原判決は、被告人吉村が供述するところの、被告人志賀の債権に基づいて会員権三〇〇口を売却したことについて、被告人志賀が認めていないことを根拠として退けているが、これは、右に述べたと同様、被告人志賀の供述が事実認定の基礎とはならないものであるから正当ではない。

更に、原判決は、被告人吉村のこの点の供述も、公判段階で初めてなされたものであることを理由として信用出来ないとしている。しかし、被告人吉村は、昭和五七年五月六日付検察官に対する供述調書において、被告人志賀の有する債権に基づいて取得した会員権が五〇〇口あると供述している。三〇〇口と五〇〇口との相違があるが、被告人吉村は、事件当時から四年も経った後に、資料らしい資料の検討も出来ない状態の中で供述したのであるから、数についての記憶違いがあっても格別不思議ということもない。それよりも、売却した会員権について、被告人吉村が自己の債権の担保として有していた会員権と、アイチが有していた担保会員権を代位弁済によって取得したものと、被告人志賀の債権に基づいて取得した会員権を売却したという基本構造にこそ注視するべきものであろう。原判決は、被告人吉村が捜査段階から、被告人志賀の債権に基づく会員権を売却した事実を供述していることを見落としている。

原判決は、この項に述べた理由と、先に述べた被告人志賀が半額の謝礼を受けることとを抱き合わせにして、被告人吉村の供述は不自然であり、たやすく措信出来ないとしている。原判決に対する個々の反論は各項において行ったとおりであるが、このように根拠を抱き合わせにしなければならないところに原判決の論拠の弱さを窺うことが出来ると言えよう。

また、この追加売却分の三〇〇口に何らかの問題があるとしても、それはあくまで三〇〇口についてのみの問題であり、被告人吉村が有していた他の一七六〇口の担保会員権の売却に影響を与えるものではない。

11.乙第二九号証

原判決は、昭和五四年二月に被告人志賀が被告人吉村と協議のうえ作成した乙第二九号証について、多少の誇張があることは、被告人志賀も認めるうえ、まさに、事が発覚、露見したために担保会員権の売却処分であると弁疏しているものと考えられないわけではないと述べている。

(一) しかし、先ず、被告人志賀は、多少の誇張があることは認めても、内容において虚偽であるとは認めていないから、被告人志賀の供述を基に乙二九号証の陳述書が虚偽内容であると認めることは出来ない。

(二) 次に、原判決は、事が発覚露見したためにというが、一体何が発覚露見したというのであろうか。被告人吉村が、ローデムに会員権を売却し、これによりローデムが大々的に販売を行っていたことは、ゴルフ会員権扱い業者、川越開発関係者の間では誰しもが知っていることであって、格別秘密でも何でもなかったのである。

原判決が、事が発覚露見したというその事が、被告人吉村が会員権を売却していたという事実を指すのであるなら、それは全くの事実誤認である。発覚露見するまでもなく、関係者承知の事実であるから、発覚露見したために急遽取繕うような状況ではなかったからである。

あるいは、原判決がいうところの事が発覚露見したというその事とは、会員権売却代金を被告人吉村らが取得し川越開発に入金していないという事実であろうか。それであっても、被告人吉村らは、会員権売却の当初から売却代金を川越開発には入金していないし、この事実は、岡野ら川越開発関係者らも十分に知っていたものである。それどころか岡野自身でさえ、債権回収のため被告人側から受け取って会員権の売却代金を川越開発に一旦入金することなく取得しているのである。

加えて、川越開発は任意整理の申立てがなされ、裁判所より保全命令が出されているとおり裁判所の監督下にあったのであって、被告人吉村が会員権売却代金を川越開発に入金していないことは、発覚露見するまでもなく関係者は皆承知していた事情であるし、分かるべき事情なのである。

原判決は、乙二九号証の証明力を否定するため、ことさら事が発覚露見したため作成されたなどという説明を用いているが、このような発覚露見という事実はないし、従って、そのために急遽虚偽の陳述書を作成するような状況でもなかったのであり、結局言えることは、被告人志賀は、多少の誇張はあったにせよ基本的事実関係については偽りのない、ありのままの陳述書を作成したのである。

右陳述書が捜査の開始されるはるか以前に作成されたもので、捜査に対する弁解を意識してなされたものではないことは、その証明力を判断するうえで忘れてはならない事実である。

(三) そもそも、弁護人は、原判決が認定するような犯行が出来得る状況であったかについて多大なる疑問を有している。即ち、被告人吉村は、川越開発が新規に募集する会員権を売れるだけ売る犯意のもとに会員権を売却し、その代金を取得したというのであるが、仮にこのような事実だったとして、会員権売却の事実も、代金取得の事実も、いずれも第三者に秘匿することは困難であり、直ちに判明する事実である。しかも、加えて、川越開発については、多くの債権者が鵜の目鷹の目で、債権をより多く回収せんがため関心を寄せているのであり、川越開発の資産の増減に関する行為については特に監視が厳しい筈である。その上、被告人らは会社整理の申立てを行っていたのであるから裁判所の監督も当然予想しているのであるし、他の債権者らによる破産申立ても予想しなければならない状況下にあったのである。実際、後に破産の申立てがなされている。このような状況の中で、公然と会員権売却代金の横領などという行為が出来得るだろうか。

被告人吉村が、公然と会員権を売却した背景には、それを裏付ける法的根拠つまり、担保会員権の売却という正当性があったからであるとしか考えようがない。担保会員権の処分という正当性を有していながら、これを棚上げにして、関係者が注視する中で公然と新しく会員権を創設し多額の会員権売却代金の横領を行うという行為自体がなされるであろうか。

事実の実相を観察するときは、被告人らによる新規募集会員権の売却代金の横領という構成が不自然極まりないことが一目瞭然である。

このような基本的認識のもとで、弁護人主張の多くの事実を踏まえれば、被告人らが売却した会員権は被告人吉村が有していた担保会員権であることは直ちに理解されるところである。

12.(株)千代田及び川越開発の記帳と柴崎和子らの供述

(一) 原判決は、柴崎和子の検察官に対する供述調書(検甲一九一号)に添付の入出金伝票及びこれに沿う金銭出納帳の記載を、乙二九号証の陳述書に合わせて事後工作したものである公算が大であると認定している。

しかし、右入出金伝票及び金銭出納帳のいずれも(株)千代田の内部帳簿であって、仮処分事件において提出したものではないし提出を予定したものでもないから、これが乙二九号証陳述書に合わせて工作したものとするのは余りのこじつけである。

しかも、入出金伝票は柴崎の作成であるが、金銭出納帳の記載は、柴崎の記憶ではない。そうすると、金銭出納帳の記帳は、柴崎が退職した後の昭和五四年六月以降に記帳されたと考えるのが自然であり、であるなら、昭和五四年二月に提出した乙二九号証陳述書に合わせて工作したというのも不自然である。

結局、担保会員権売却による川越開発に対する債権回収の時期が、最終的には昭和五四年四月であるが、順次回収金が入金となり、しかも債権額を上回る売却益が生じていく最中における記帳方法が定まらなかったために、(有)千代田の帳簿では、(株)千代田に切り替えた時点に一旦零となり、その後、柴崎の在勤中に昭和五三年一二月とする暫定的な処理がなされたが、柴崎も暫定的処理と考えて鉛筆書きの記帳に止めたのではないだろうか。

少なくとも、こうした経理処理が乙二九号証とは無関係であることは、右に述べたとおりであるし、乙二九号証に記載されている被告人吉村による債権回収の指摘は客観的事実を表現したものである。

(二) また、原判決は、被告人志賀の弁護人の指摘に対し、川越開発の昭和五三年一二月期の元帳(符六八)の貸付金課目に日本デベロに対する四億九二七五万円の貸付けが記載されていることについて、その記帳の基になる宮本美知子の検察官に対する供述調書(検甲一八八)に添付の伝票には「担保証券」の記載がないことを根拠として、乙二九号証陳述書に合わせる経理処理をしたと認定している。

しかしながら、原判決は、この貸付金の記載自体が「担保証券」の処分であるという基本を忘れている。即ち、売却された会員権の預託金返還債務は当然に川越開発が負担するものである。これに見合う預託金は、川越開発に入金されるべきところ、川越開発が連帯債務者となっていた日本デベロの債務の担保会員権の処分であるため、債権者が取得する。この結果、川越開発が預託金と同額を日本デベロに貸付けて日本デベロの債務を返済したと同様の結果になるので、この貸付金の記帳がなされたのである。担保会員権の処分でなければ、このような記帳がなされる理由がない。

原判決が、「担保証券」という記載の有無を取上げて、「担保証券」の処分であるか否かを決定するのは見当違いも甚だしいものである。

続けて原判決は、この経理処理が昭和五四年三月になされたことを理由に、乙二九号証陳述書に適合させたものだと認定しているが、その根拠はない。

13.旧券の廃棄

原判決は、被告人吉村が、担保会員権の旧証券をシュレッダーにかけて廃棄した事実について、これを認めながら、それは、昭和五四年三月にコース名をリバーサイドフェニックスと変更したため使用出来なくなったためであるとしているが、これも的を得ていない。ゴルフコースの名称が変更されても、会員権の性質が変更になるのではないから、単に名称の変更だけを理由としている点は全く理由がない。従って、コースの名称が変更されても、会員権証券が表示する会員権に変化がなければ売却が不可能になるものではないし、ゴルフ業界では、コースの名称変更は頻繁にあることであって、名称が変更されたためだけの理由で会員権証券が売却出来なくなったという例はない。

また、コースの名称が変更されても、フェニックスの会員権は川越開発に対する会員権を基本前提としているのであるから、川越開発名義の担保会員権証券は、なお必要ある。これを廃棄したのは、コースの名称変更を理由とするものでは有りえず、端的に被告人らが担保会員権の売却を完了したからである。

さらに、原判決が認定するとおり(七七ページ)、コースの名称変更に伴い、追徴金を納付しない会員に対しては、昭和五七年から預託金を返還することと決定されたのである。仮に担保会員権が売却されずに残されていたとして、被告人吉村は、預託金返還請求権債権の唯一の証拠である会員権証券を何故にシュレッダーにかけて廃棄してしまったのか。担保会員権が残り債権が未回収になっているとする原判決は、これを説明することは出来ないであろう。弁護人が述べるとおり、担保会員権の売却が完了したからとしか考えようがない事実である。

また、原判決は、乙二九号証陳述書において、担保会員権の処分と言い切った以上、担保会員権証券を残しておくことはかえって不自然であるとしているが、これも事実との照合を怠った結果の産物であり誤った論理である。即ち、被告人吉村が売却した会員権の証券は、新規に作成した証券であることが、仮処分債権者もその他の関係者も誰もが承知している事実である。

被告人吉村が、乙二九号証陳述書に合わせる意図であるなら、尚更、担保会員権の証拠である旧証券を保存する必要があるのであって、原判決の判断とは全く逆の結果になる筈である。

被告人吉村が旧証券を廃棄したのは、単に担保会員権の売却を完了したからに過ぎないものである。

原判決は、乙二九号証陳述書記載の担保会員権売却の事実を否定するために、ことさら被告人らが工作したように述べるが、仮処分申請は、コース貸借権の一時停止仮処分であって、直接は被告人志賀を相手としたものであって、被告人吉村による会員権売却を直接問題としたものではない。右仮処分申請は、原判決が言う程、被告人吉村に衝撃を与えたものではないのである。

だから、むしろ逆に担保会員権の存在を証する旧証券を、担保会員権売却完了後、シュレッダーにかけて廃棄したものであると言えよう。

原判決は、事実を素直に見る目を失っているとしか考えようがない。

14.債権回収の否定

原判決は、被告人吉村が、担保会員権を有しながら、その被担保債権を回収しないで、新規会員権を売却し、その売却代金を横領するのは不可思議であるという弁護人の主張を一応認めながら、これを排斥した。

(一) 排斥した理由の第一は、被告人吉村は川越開発に対し債権さえ残しておけばいつでも川越開発から弁済を受けられる関係にあるから、被告人吉村としても担保会員権を先に売却しなかった心理にあったとも考えられるというものである。

しかし、被告人吉村が川越開発に対する債権さえ残しておけばいつでも川越開発から弁済を受けられるというのは原判決の独断である。

川越開発は、既に倒産し弁済資力を全く有しない状態にあるから、被告人吉村が債権を回収する方法は担保会員権を売却して、その売却代金を債権に充当するしか実際上の債権回収方法はない。原判決のこの点の説明が不十分なため、原判決は、被告人吉村がいつでも債権の弁済を受けられるという意味が、担保会員権を離れてというのであれば、川越開発に弁済資力がないという事実から明白な誤謬である。原判決は、いわんとするところ、いつでも担保会員権を売却して債権回収が出来るのであるから、新券を先に売却しても不思議ではないというようであるが、しかし、これは、ゴルフ会員権売却の数量的限界を全く考慮していない非現実的論理としか言いようがない。

一般に、ゴルフ会員権は、一八ホールあたり一五〇〇名程度の会員数が適正であるとされている。これは、ゴルフ会員権がゴルフ場の優先利用権を主体とするものであるから、ゴルフ場の利用能力に限界がある以上、会員数に限界があるのは当然の結論であるからである。

川越開発は、一八ホールのゴルフ場であるが、岡野の経営時代に既に会員数はざっと五〇〇〇名にものぼり、同一会員番号の会員が二重三重にも重複していたのである。

岡野が会員増加の際に、会員番号を重複させてまでも会員番号を増加させなかったのは、対建設省の関係もあったのであろうが同時に、会員に対し、会員数が適正限度を越えていることを隠蔽する目的もあったからである。会員数が適正限度を越えていることが会員の知るところとなれば会員からの苦情が殺到するとともに、以後の会員募集が困難になり、これにより資金調達が出来なくなるからである。

岡野時代に川越開発の会員数は、適正会員数を遙に超過した約五〇〇〇名になっていた。これに加えて、岡野が担保に差入れた担保会員権が三四〇〇口であり、この登録が川越開発(岡野)により(有)初雁に委任され、その旨の委任状が作成されたことにより、この三四〇〇口が、単なる担保に止まらず実会員数として増加することが確定した。これに加えて、岡野など一般債権者についても会員権による弁済を希望する債権者に対しては会員権を割当てることが決定され、実際に実行されている。そうすると、川越開発は、コースの受入れ能力を超過した会員数が存在して既に飽和状態にあるところに更に四〇〇〇名にも及ぼうという会員が増加することになるのである。経済原則の当然の結論として、会員権の価値は下落し、市場価格も当然下落する。

実際、昭和五二年二月に岡野がローデムに対し販売した会員権は、ローデムに対する売値が一口当たり二五万円で、ローデムはこれを四〇万円仕切りで一般に販売していたものが、ローデムのこの分と別にも岡野が会員権を売却していたため、相場は当然下落し、昭和五三年一月契約の本件二〇〇〇口については一口当たり一五万円となり、昭和五三年一二月に行われた三〇〇口の追加売買分は一口当たり一〇万円に下落してしまっている。ローデムの戸田の供述検甲一六四調書の一九項にあるように、「どんどん売るものですから相場がどんどん下落してしまった」というのが実際の姿である。

そしてまた、検甲二〇四号証会員権登録状況から分かるように、昭和五二年一二月から昭和五三年三月までには八四一口も販売されたのに、昭和五三年四月以降昭和五四年三月までの一年間に三一一口しか売れていない。ローデムにおいても、昭和五三年一月から同年五月までに二〇〇〇口を販売しながら、その以降昭和五四年三月までの間は、約五七〇口しか販売していない。(検甲一六四調書一七項、一九項。)

このように、会員権相場は、会員権の増加販売とともに相場価格は下落し、価格の下落に加えて、価格が下落しながら同時に売れゆきも落込むという相場経済の典型を示す実際の姿にある。原判決は、被告人吉村は、新規会員権を売却した後も、しかも他の認定部分と総合すれば口数管理することもなく売れるだけ売った後にも、担保会員権さえ有していればいつでも債権を回収出来るというが、これは、右に述べたとおり、会員権は会員の増加とともに価格が顕著に下落すること、価格が下落するにも拘らず販売が困難になる事実を見失っているもので到底支持出来る見解ではない。

また、川越開発は、一度不渡りを出した会社であり、実際には倒産している会社である。この事実は、当初は一般には知られない事実であったとしても、程なくゴルフ雑誌等の報道、会員や会員権業者からのくちこみによって一般人特にゴルフ会員権購入者層であるゴルフファンには知られるところとなる事実であるから、会員権の売却も遅くなればなるほど困難になる事情が当時存在していた。

こうした状況下にあって、担保会員権を有していればいつでも債権を回収出来るという原判決の見解が如何に事実から乖離した空論であり、従って当時の被告人吉村の意識とかけ離れたこじつけ的理由づけであるか容易に理解することが出来よう。

(二) 次に原判決は、会員権担保は、債務者に売却代金を交付することなく債権回収に充当出来るもので、債権者(被告人吉村)がゴルフ場会員券(原判決の表現のまま)の発行権限を有する債務者(川越開発)の立場を兼ね備えるに至った場合には、担保会員権がなくても事実上同様のことが出来るから(会員権を売却し、その売却代金を債権の弁済に充当出来るから)、その意味において担保としての価値は減弱しているから、被告人らも担保会員権をそれほど重視していなかったと説明する。

しかしながら、担保会員権の売却の場合、債権者は、担保流れの特約により、後に債務者から清算の請求を受けるまでは売却代金の全額を取得出来るものであるが、新規募集会員権の売却代金から債権の弁済を受ける場合は債権の元本と利息金が限界である。この意味において、両者には債権回収に関し決定的な相違があるのであり、これを同一と評価した原判決は誤りであるから、これを基礎とする判決の理由もまた正当ではない。

さらに加えると、判決の述べる論理が一体何を裏付けるというのであるか論旨不明である。担保会員権の売却も、新規会員権の売却も債権回収方法として変るところがなく、いずれの方法も選択出来るので担保会員権の存在意義は少ないというが、それだからどうであるというのであろうか。原判決の全体の趣旨からすると、担保会員権の存在意義は少ないから被告人らが売却した会員権は新規募集の会員権であると結論づけたいようであるが、これは一見して分かるように論理の飛躍である。

本件において弁護人が指摘した問題は、被告人吉村が、自らの債権回収を離れて新規募集会員権を売却し、これを横領したとされているところ、担保会員権売却による債権回収を後廻しにして横領のため新規募集会員権を売却したという行為の不自然さである。つまり、問題は、担保権の機能云々ではなく、自らの債権回収を放置し、自らの債権回収を著しく困難にしながらもなお、横領を行うかということである。原判決の認定によれば、被告人吉村は、代金横領のため新規募集会員権を売れる限り売却し、その後に自らの債権回収を行う意図であったことになるが、自ら債権回収を行う方法は、川越開発に弁済源資がないのであるから、担保会員権の処分しかない。これについて、川越開発の実質的経営者になったから新規募集会員権の売却でも同様のことが出来ると言ったところで、会員権の売却により債権回収を行うことには変りはない。

要するに、問題は、担保権の機能云々にあるのではなく、被告人吉村が債権回収をどうしようとしていたかにあるのであって、仮に代金横領のため新規募集会員権を売却したとするなら、これに伴い被告人吉村の債権の回収は右に述べたとおり大きくマイナスになることになるが、そうまでして被告人吉村が、債権回収を後にして横領を行うかという疑問にあるのである。原判決は、この問題点に全く答えていない。

以上のとおり、この点の原判決の説示は、本論を外れた論理であり、正当な結論を導くものではない。

(三) 次に原判決は、被告人らが、川越開発のための出損を実質上なるべく早く回収しながら、なお、多額の債権を残存させることにより、債権者団の中にあって、債権者としてなお有利な立場を留保しようとの挙に出ることも十分に考えられるとしている。しかし、原判決がいう債権者団の中にあって、債権者としてなお有利な立場を留保するその有利な立場とは一体何を指しているのであろうか。

つまり、被告人らが(有)初雁を設立し、(有)初雁が川越開発からコースの賃借を受け、会員権の登録業務の委任を受け、さらに川越開発の増資により(有)初雁が川越開発の経営権を掌握したことにより、被告人らは、自らの意思でコースを運営出来る地位を得たのであり、担保会員権については売却に伴う登録を完全に行い得る権限を獲得したのである。昭和五二年一二月下旬時点において、被告人らが、他の債権者の牽制を考慮しなければならない問題は、川越開発が手形を振込まれて不渡りを出し倒産し河川敷の占用許可が取消されゴルフ場そのものが閉鎖されるなどした場合に、担保会員権の売却が不可能若しくは困難となり債権回収に支障が生じるという点だけになっていたのである。

ところで、他の債権者についても、担保会員権を有するものは当然のこと担保会員権を有しない債権者も会員権の割当てを受けて売却して債権回収を図る必要があったため被告人らと同様の利害を有していたのであり、実際には川越開発に対する取立を行う姿勢を示していたのはアイチ一社だけであったところ、被告人吉村としてはアイチの有する債権四〇〇〇万円全額の肩代りも止むを得ず行うとの考えでいたのであって、これを行う以上、アイチに関して何らかの方策を講じる必要性はなかったのである。

結局、昭和五二年一二月下旬の時点においては、被告人らにとって、債権者集会は必要性を喪失したのであり、また被告人らが債権者団の干渉によって被告人らによるコースの経営と担保会員権売却による債権回収に支障を受ける虞れもなくなったのである。さらに、川越開発の債権者に対する弁済禁止の保全処分によって債権の行使を停止する予定があり、実際に昭和五三年一月に実行され、二月三日に保全命令が出されている。

こうした一連の状況によって、被告人らが債権者集会の主導的立場を確保する必要性があったのは、(有)初雁によるコースの賃借と会員権登録の受任と増資の方針が確定した昭和五二年一二月二一日までであり、それ以後は、被告人らが債権者団の中にあって債権者とし多額の債権を有することを拠り所とする有利な立場を留保する必要など全くなかったのであり、原判決が、こうした流動的事案の本質を忘れて、事実から掛け離れた空しい論理を被告人らの犯意認定の根拠にしていることは、犯意を裏付ける根拠が如何にとぼしいかという事実を如実に表現しているものであろう。

15.会員権売却価格

原判決は、川越開発の一般債権者に対する会員権割当が一口当り二七万円であるのに、被告人らが売却した会員権が一口当り一五万円または一〇万円であることは、被告人らが売却した会員権が担保会員権であるからではないかとの疑問を提起した上で、これを否定している。

この点について、原判決は、被告人らが一般債権者より安く売却したのは、ローデムに利益を与えることにより被告人吉村も貸付金の利息収入や元本回収が出来る反射的利益があるからであるとの見方も成り立つとしている。しかし、被告人吉村の利益を考えるのであれば、会員権を高価に売却することが端的により多くの利益になるのであるから、被告人吉村が反射的利益を期待して廉価に売却したという論理は成立しない。

会員権が一口一五万円で売却され、その後は一〇万円で売却されたのは、前述したとおり、会員権の乱売により市場価格に見合う仕入れ価格としては、その程度の価値しかなかったからである。一般債権者が、これを一口当り債権額二七万円と相殺され、担保会員権を有する者より不利な取扱いを受けたのは、無担保権者が担保権者に劣後する担保の本質から当然の結果である。むしろ、担保会員権約三四〇〇口が市場で売却された後であれば川越開発の会員数は約一万名にものぼり、最早一般債権者の弁済資金を得るために新規会員募集を行うことは事実上不可能であった状況に鑑みれば、担保会員権の売却と並行して一般債権者に対する会員権の割充てが行われたことは、一般債権者には有利な取扱いであったのである。

16.会員権売却の終了

被告人らによる会員権売却が昭和五四年三月で終了している事実について、原判決は、担保会員権がなくなったからであるという事実を否定し、コース名の変更と、これに伴う追徴金の賦課による会員整理という新たな展開がみられるに至ったからであるとする。

その理由の一に、コース名の変更を挙げているが、コースの名称が変更されたからといって、従前の会員権が無効になるものではないし、流通しなくなるものでもない。しかも、名称変更後のリバーサイドフェニックスの会員権は、川越開発が募集した川越初雁カントリークラブの会員権を基礎としているものであり、リバーサイドフェニックスとしては会員の新規募集を行っていないのであるから、リバーサイドフェニックスの会員権取得資格は川越開発の会員権にある。この事実を全く無視して単にコースの名称変更があったから会員権の売却が出来ないと断定するのは早計である。

そして、仮に原判決の認定に従うなら、会員権の売却が出来なくなったから担保会員権の売却をしなかったということになるが、それでは、原判決が構成する本件の基本構造であるところの、被告人吉村は先ず新規募集会員権を売却して代金を横領し、その後に、自己の債権の回収を図るという計画は一体どこに消えてしまったのであろうか。原判決が言うように、担保会員権が売却出来なくなるというのに担保会員権の売却を後回しにして横領を行うという図式は絶対に成立しない。前述したように、新規募集会員権を大量に売れるだけ売った後に担保会員権を売却するということは会員権の流通相場から不可能であるが、こうした数々の事情の中で、担保権を売れなくなる状況を自ら予定し作りあげながら、万人周知の下でことさら新規会員権を売却し代金を横領するという行為を行うであろうか。横領しなくとも担保会員権を売却することによって、正当に同一の利益を上げられるのにである。

加えて原判決は、コースの名称変更と追徴金の賦課によって、川越開発の会員権を売却する必要もなくなったというが、追徴金は(有)フェニックスの収入(預り金)になるものであって被告人吉村に入るものではないから、コースの名称変更は、被告人吉村が川越開発に対する債権回収の唯一の手段である担保会員権の売却を必要としなくするものではない。むしろ、原判決の言うように、コースの名称変更によって、担保会員権が売却出来なくなるというのであれば、被告人らはコースの名称変更に先立って担保会員権の売却に駆け回るところである。

被告人吉村が、この時期に会員権旧証券をシュレッダーにかけて廃棄した事実は前述のとおりである。

右のとおり、原判決が、弁護人が主張するところの担保会員権売却完了により会員権売却が終了した事実を排斥する理由は完全に的を外れたものであり、到底支持出来るものではない。そして、こうした牽強付会な論理を持ち出すしか方法がないということが、如何に弁護人の主張が正当であり原判決が判断を誤っているかという事実を歴然と物語っているのである。

17.原判決の弁護人の主張批判

最後に原判決は、弁護人の主張は、いずれも多義的に解される余地があって、認定を覆すものではないとしているが、弁護人主張のどの点がどのように多義的に解されるのか具体的指摘は全くといっていい程ない。

これでは、原判決は、弁護人の的を得た主張に正面から説明出来ないことから説明を回避したと言っても過言ではない。右に具体的個別に縷々反論したとおり、原判決が具体的に掲記する理由においてさえ、正当な理由ではなく、いずれも弁護人の反論に耐え得るものではない。

さらに、原判決が具体的に触れない弁護人の主張部分は、原判決もその正当性を認めざるを得なかったものと評価すべきである。

18.結語

原判決が指摘する、被告人吉村が売却した会員権が担保会員権ではないと考えることの根拠は右に逐一反論したとおりであって、結局、担保会員権である可能性を完全に否定出来る程度に論証をなしえたものではない。

一方、被告人吉村が売却した会員権が担保会員権であると認めるべき根拠は、右反論の中で述べた点のほか、弁論六項三(七三丁以下)に述べたとおりであるのでこれを援用する。

3 「横領の共謀」についての事実誤認

1.原判決の認定

原判決は、被告人らにおける売却代金の横領の共謀について、こう認定した。

被告人吉村は、(有)初雁が川越開発から委任を受けた会員券の登録業務等を行うため、昭和五二年一二月下旬ころ、会員券用紙を新規に印刷することとしたが、その際、担保会員券と関係なく大量の会員券を発行・売却して、その代金を横領しようと企て、被告人志賀を介し、島掛をして新規会員券の印刷を発注して納入させ、他方、ローデムに対し会員券の一括買取りと販売方を要請した。

また吉村は、昭和五三年一月四日から一一日までの間、先にハワイに赴いていた被告人志賀を訪ねて、その別荘で起居を共にしたが、その際、両名において、(有)初雁の業務分担、売却代金の横領折半等の謀議を遂げ、また吉村はローデムあるいはアイチとの交渉経過等の概略を志賀に説明した。

(判決書三七頁~四〇頁)

会員券の売却代金の分配は被告人両名による横領の共謀に基づくものであるとみるのほかなく、その共謀は、遅くともハワイにおいてなされたものと推認するのが相当である。(判決書一九九頁)

原判決のこの認定は、原審検察官の「共謀の状況」に関する主張すなわち川越開発の債権者集会の往復の車中での話やハワイにおける会談で共謀が遂げられた旨の主張のうち、前者を積極的認定から外したものである。つまり、原審検察官主張のように川越開発の債権者集会開催の前後(昭和五二年一二月中旬ころ)から、共謀が開始されていたとするのではなく、共謀があり得るのは少なくとも一二月下旬以降とされ、そして共謀の存否は一挙にハワイ会談の内容如何に集約されたことになる。原判決がかように検察官の主張を全面的には採用しなかったこと自体は、その限りで確かに正しい。

しかしながら原判決の共謀に関する以上の事実認定は、発行済担保会員権の登録等及び債務弁済を目的とした新規会員権発行・登録等を委任されていた吉村において、先ず、自己が大量に保有する担保会員権と「関係なく大量に会員権を発行・売却して、その代金を横領しよう」と企てたがために会員券印刷の注文がなされ、被告人志賀は吉村の企てに共謀の形で乗ったというものである。つまり、初めに吉村の企てありき、そしてその横領の企図は一二月下旬以降における会員券印刷の注文に表現されている、というのである。

しかしこの認定は、吉村の横領の企てという点でも、ハワイにおける共謀という点でも、誤りがあるといわなければならない。

2.事実誤認の具体的指摘

(一) 本件では、外形的な会員権売却行為及びその代金の取得という事実については大筋において争いがなく、したがって会員権売却等の行為が、犯罪的な(共同)意思の実行であったのか否かが重要な問題点なのであり、原判決もまた「自己(吉村)の保有する担保会員券と関係なく」会員権を売却する意思であったことに力点を置いている。原判決にいう「担保会員券と関係なく売る」という意思は、原審検察官の主張していた「債権回収と離れて売る」という意思と全く同一内容であり、たんに表現を変えたにすぎない。この意思自体はいうまでもなく純然たる主観的事実であるが、弁護人は原審において既に、この主観的事実を直接に証明するに足りる証拠は存在しないのであって、検察官の主張にはむしろ売却行為を予め横領であると措定したうえで、その内心の意思は横領の意思であったとし、今度は逆に横領の意思に基づくものだから行為は横領である、とするかの如き相互循環的な凭れ合いがある、と指摘したことがある(原審弁論要旨一五丁)。原判決の認定もまさしく、原審検察官の主張と同様の循環論法に陥っているものと言い得る。判決書中「売却された会員券の性質について」として示された判断(原判決一六六頁以下)が、本件売却行為が主観的にも横領の意思に基づくものである旨の認定を決定しているようだからである。

無論、外部に現れた客観的な行為及びそれに附随する幾つかの事情からその行為の内心の意思=主観的事実を推認することは誤りではない。しかしながら原判決は、そうした客観的事実の判断すなわち「売却された会員券の性質」を判断する段階で、最早既に、アプリオリな誤った発想に把えられているかのように見える。

確かに原判決は、吉村((有)千代田)の保有する担保会員券枚数に関する検察官の主張を退けたうえ、「以上のほか、検察官の論旨のなかには、一層の吟味を要するものがないではない」とし、検察官の主張の前提には倒産状態に陥った川越開発から利息等を徴収することは不当であり、またそもそも債権者集会の正副委員長等あるいは川越開発の実権を握る者が自己の債権の回収を図ること自体許されないとの発想が窺えるが、このような発想は「当を得たものとはいえ」ず、また「賛成することができない」と判示した(判決書一五四頁乃至一五六頁)。検察官の主張の根拠は、担保会員権の枚数論のほか右記のものがその全てであったのであるから、原判決の判示は、原審検察官の主張を根底から崩したことになる筈である。つまり原審検察官流の発想を根拠に会員権の担保性を否定することは出来ないし、被告人らを有罪とすることは断じて出来ないのである。このような検察官主張の誤りは弁護人も既に批判したところであって(原審弁論要旨一六丁以下)、原判決の以上の判示はもとより正当だといってよく、当審において検察官が原判決の右部分をどのように論評されるか、些か興味を持たせないではない。

しかしながら実際のところ原判決もまた検察官と同様に、誤った発想から脱し切れていない。物理的存在としての会員券の消長が原則として権利としての会員権の存否に影響を与えるかの如き発想(判決書一六七頁以下。その他、差し替えの有効性を論じていることも、同様の発想によるものであろう)、つまり会員券を有価証券と把える一種の物神崇拝的な発想が認定の前提にあり、それが原判決説示の最大理由であると認められるからである。

このように考えると、原判決が会員券の新規印刷の発注を直ちに吉村における横領の企ての表れであるとしてしまうような陥穽にはまった理由が、よく理解できる筈である。原判決の論理によればそもそも、会員券を新しく印刷することが、原則として担保会員権と関係ない(「離れた」)新規会員権の創出になると措定されているのだから、会員券の新規印刷はそのまま横領へと必然的に繋がっており、改めて領得の意思をもって「その際、担保会員券と関係なく」印刷・売却しようなどと「企て」なくとも、有罪になることになっているのである。しかし、このような判示は、先験的に横領は横領だ、と同義反復をするだけなのだから、何事も説明したことにはならないし、また証拠上も川越開発の(有)初雁に対する委任状と抵触する。こうした発想等の誤りについては別に詳述したが、ここでは吉村の「企て」や「共謀」が証拠上認定出来るか否かを検討し原判決の誤りを指摘したい。

(二) さて吉村の「企て」や「共謀」の直接的な証拠となるのは、被告人両名の自白調書である。

まず吉村の関連する自白調書についてこれを見ると、吉村昭和五六年九月二九日付検察官調書に次のような供述がある。

私と志賀は、昭和五二年一二月の終り頃、川越開発から会員券発行の委任を受け、いわば発行権限を手に入れたが、「会員券の番号が相当だぶっていたところから、志賀さんはこの(発行済の担保会員券等の)旧会員券」に替え「新たに新会員券を発行することにした」。一二月末頃、志賀が私に、『会員券の番号がだぶっているので関口らの了解も得て新しい会員券を発行することにするがいいか』といったので、私は勿論了解した。志賀はその後、印刷屋に新会員券の印刷を発注したが、「その結果、旧会員券は無効になってしまい、債権者は担保会員券をなくしてしまった……。私自身、枚数ははっきりしませんが何百枚かの旧会員券を持っていた……が、これも失効してしまった」。私は志賀に話して「新会員券を一〇〇〇枚ばかり分けてもらい、一もうけしようと考えた」が、「その時、私としては債権の回収をしたいという気持ちもありましたが、それよりも、むしろ志賀が印刷してくれる新会員券を沢山売ってもうけるという気持ちだった」。

「新会員券を私達の債権に関係なく、大量に販売してその代金を川越開発に入金しないで折半して……もうけることにした」。

しかしこの供述部分に述べられている、新会員券の印刷の動機と経緯は、原判決の認定と全く符合していない。原判決は、吉村において川越からの委任にもかかわらず、この際(委任状に記載のある)担保会員権と関係なく横領のため新規会員権証券を印刷しようと企てたとするのに対し、吉村の前記供述調書は、川越からの委任に副って志賀がダブリ番号等の整理のため旧券に替え会員券の新規印刷をすることを吉村に相談し、志賀が印刷の発注をした、というものだからである(なお、新規会員権の証券を印刷することも委任状2項の趣旨に合致していることは、忘れるべきでない)。吉村自白のここまでの部分は、原判示における吉村の「横領の企て」を証明するものでは到底あり得ないし、かえってこれと矛盾する事実経過の説明をしていることになる。

ところが、右供述調書は突如、横領の犯意を認める内容に転ずる。その契機は何か。印刷によって旧会員権が無効になった、有担保債権者は担保をなくし、私(吉村)の担保会員権も失効してしまった、などということを供述させられたが故である。つまり、旧券に代えて同一(担保)会員権を表章する新規会員券を印刷するという筈であった供述が、従来からの担保会員権そのものが失効してしまうという供述に変えられてしまったのだから、担保会員権の失効を認めさせられた以上、担保権の実行ということはあり得ず、新規会員権の売却しかないことになる。しかし、担保会員権のかかる失効論は誰が見ても奇妙なものであって、犯意を認める吉村の自白供述はこの奇妙な失効論を正しいものとした誤解の上に成立しているように思われる。そしてこの奇妙な担保会員権失効論は、取調当時、担保会員権の存在を弁解の最大の拠り所としていた吉村が自発的に供述するわけはなく、また吉村において考案しても当然だと思われるような「屁理屈」ではない(むしろ、民事法に疎い法律家の着想だといったら言い過ぎであろうか)。原判決も、この新規印刷による旧会員権の失効という特異な供述が録取された原因が、取調検察官の取調方法にあった疑いがあると正当に指摘しており、これは取調検察官の強引な押付けによって得られた供述であると認定するのが自然であろう。

吉村の横領の犯意を認める供述すなわち「新会員券を私達の債権に関係なく」「販売して……折半」することにしたという供述部分は、以上のように、何百枚かしか担保券はなく、それも失効してしまった、だから担保券の売却はあり得ず横領になるかのような誤った前提のもとに獲得されているのであって信用し難く、吉村における犯意を認定すべき証拠とは到底なし得ないのである。原判決は、取調検察官の取調方法に対する疑いを正当にも抱き、かつ、それだからこそ吉村自白の信用性には十分な吟味が必要であるとしながら、十分な吟味の内容は些かも明らかにしていない。原判決がまさに言葉どおりに「十分な吟味」をしたというのであれば、吉村自白ことに横領の犯意を認めた点に関しては、むしろ否定的評価が示されて然るべきであったろう。原判決説示の不充分性は明らかであるといわねばならない。

(三) 志賀の共謀状況に関する供述には、昭和五七年五月二日付及び同月三日付検察官調書がある。このうち五月二日付調書に録取されている内容、すなわち、五二年一二月一一日の第二回債権者集会において川越開発の資金繰りのため会員権を発行して売却する話が決定された、他の債権者のことをかまっておられず、自分達の債権だけ早く回収してしまいたいと思っていたところ、実質経営権をとって会員権を発行売却し、金をつくることを吉村は強く求めてきたもので、これを川越開発への往復の車中などで提案してきた、という点について、原判決が積極的にこれを肯定する認定をしていないことは既述のとおりである。

既に弁護人が原審において論じたとおり(原審弁論要旨三八丁裏~三九丁表)、右の供述記載(第二回債権者集会において川越開発の資金繰りのため会員権発行が決定された旨の供述)は明らかに事実に反しており、原判決が以上の志賀供述及び検察官主張を採用せず、少なくとも一二月下旬に至るまで犯意の成立を認めていないことは当然である。

しかしながら原判決は結局、同月三日付調書の内容、すなわち他の債権者には分けないで、債権回収を図り、その後も儲けようと思っていた、かねがね吉村はゴルフ会員権の発行ということは現代の錬金術だといっており、そのやり方は「債権回収と離れて、会員券を売れる限り売る」というもので、やりすぎだとは思っていたが、それで回収できるにこしたことはないから、一緒にやろうという返事をした、そうしたことをハワイで話し合った、という供述を採用して前記の如き認定に至っているようである。この供述は、吉村において横領行為をなすについて率先・主動的であったとする点でも、原判決の認定に副うように思われる。

しかし、右志賀供述は、吉村が大量に担保会員権を保有しているにもかかわらず、これを行使しないで横領のみを積極的に行おうとしたとする点で、まず不合理・不自然であるし(この不自然さを原判決が否定する理由は是認できない)、また余りに責任転嫁的であって信用し難い。後述するとおり、そもそも志賀には他に責任を転嫁する傾向が強いと認められるが、弁護人は、右の如き供述は志賀がハワイにおいて閲読した捜査資料をもとに、例えばアイチは担保会員権を一枚も有していないなどという事実に反する佐藤三郎の検察官調書等を読んで、吉村の担保会員権の処分という弁解が検察官には通用し難いものと考え、横領の事実を認めるもののその責任の大半を吉村に転嫁しようとして創作した虚偽の供述であると思料する(この点も後述する)。したがって、志賀の前記供述を措信して原判決の如き認定に至ることは、一般的にいって正当ではないと考えられるが、具体的にも次のとおり事実に反する内容がある。

すなわち、原審において既に論じたとおり、他の債権者を排除して自分達だけ債権回収を図るとの供述部分については、「他の債権者」も会員権売却等同様の方法で債権回収をしているから事実に反する。したがってここで重要なのは、「債権回収と離れて」という部分なのであろう。

弁護人らは、この志賀供述は志賀において検察官の録取・記載する表現に迎合したものではないかと推測する。実際のところ、「債権回収と離れて」とは、一体、如何なる意思を意味するのであろうか。債権回収行為のほかに二重に会員権売却を実行したのなら、その会員権売却は債権回収行為ではない、つまり債権回収と離れる意思のもとに行われたと認めることが可能であろう。しかし問題とされる会員権売却行為のほか債権回収行為を行っていない場合、何故に会員権売却行為が債権回収と離れる意思のもとになされることになってしまうのであろうか。原審検察官は担保権の実行額が債権額を超過していることに「債権回収と離れる意思」の根拠を求めるようであったが、担保権の実行額が、自己の債権額と過不足なく合致することなどはあり得ないのであって、検察官の主張及びそれに迎合した志賀の供述部分は、通常民事事件において債権者の担保権実行を殆ど否定する結果となるのである。そしてこのような検察官の主張・発想に原判決が否定的であったことは既に指摘した。しかし原判決も同様に新規会員券の印刷を横領に短絡させるという誤った発想を前提にしているのである。原判決は、売却にかかる会員権が担保会員権ではなかったとして幾つかの事情を掲げているが、後述するとおり、それらの事情は、そうした短絡的な発想によってしか被告人を有罪となし得ない程度の事情にすぎない。むしろ吉村において「債権回収と離れ」たのでないことは、本件会員権の売却後、本郷らからの仮処分申請事件に対する陳述書に千代田リースの残債権がゼロと記載されている事実からも明らかである。原判決も相当程度に理由のあることを認めているとおり、債権回収が覚束なくなった時期、担保権実行という回収手段があるのに、債権回収を敢えてしないでおこうなどという共謀が行われ得る筈がなく、これを否定した原判決の認定は不合理・不自然であるといわざるを得ない。

ところで原判決は、志賀がハワイにおいて当時の捜査資料を閲覧した事実を認めつつも、かえって次のように述べ、その検察官調書について特信情況を肯定した。すなわち「被告人志賀が、右各供述(検察官に対する自白供述)に先立ち、被告人吉村の供述調書や関係者の供述調書を閲覧する機会を有しており、自己の調書の作成にあたってはその用語の使い方等細かなところまで気を配り、検察官に訂正を求めるべき点は訂正を求め、供述調書の重要性を十分に認識してこれに対処していたものと認められ」「その信用性につきなお検討が必要であるとしても、その特信情況は肯定することができる」(原判決書二一三~二一四頁)。しかし、志賀が検察官に対する供述前にハワイにおける捜査資料を閲覧していた事実は、志賀自白の特信情況を否定すべき事情でこそあれ、これを肯定すべき事情となるものではない。志賀は確かに「供述調書の重要性を十分に認識してこれ(その作成)に対処し」たものではあろうが、その対処とは、志賀が閲覧した資料をもとに組立て、考えた判断を基礎に、自己の刑事責任が軽くなるよう検察官に供述することであったことはいうまでもない。そうだとするならば、機を見るに敏な志賀が、閲読した佐藤三郎や吉村の供述調書から、自らは吉村の保有していた担保会員権の詳細を知らなかったことなどのため、事実に反して、担保会員権の処分という弁解が検察官には通用し難いものと考え、これを断念し、新規会員権の処分であるとの検察官の主張を一応受け入れつつ、自分の気持ちとしては債権の回収だが吉村は「債権回収と離れて売れる限り売る」意思であった旨供述したと認めるのが合理的である。

志賀の前記検察官調書においては、「債権回収と離れて売れる限り売る」意思であったというのは吉村であるとされ、志賀はこれに債権回収の意思で便乗しただけだというのであるから、志賀は自己には些程不利益な供述はしていず、むしろ吉村への責任転嫁の傾向が強い供述をしているのである。このような供述に特信性を肯定することは不合理であると考える。

また原判決は、志賀が供述調書作成にあたって用語等を含め細かいところまで訂正等を求めているというが、志賀の原審公判廷における供述態度もまた同様なのであるから、原判決の論法を用いるならば原審公判廷における供述の特信性をも肯定すべきことになるのではあるまいか。むしろ、正確な資料に基づき供述することが初めて出来たのは、原審公判廷においてなのであるから、検察官面前供述よりも法廷供述の方が信用性の情況的保障は高いということも言い得よう。

原判決は、志賀の供述調書の信用性にはなお検討が必要であるとして、各自白調書に信用性に否定的心証を抱いたことを婉曲に示唆してこそいるが、しかし結局原判決の認定の基礎をなしているのは、志賀の供述調書なのである。そうだとすれば、志賀の自白供述の評価を誤ったものとして、原判決は破棄を免れない。

4 志賀の供述の信用性の欠如-主としてランバン額について

1.志賀供述の位置について

原判決認定事実のなかで、被告人らの自白供述は些程に大きい位置を占めていないかのように見える。信用性にはある程度の疑いを持たれながら、しかし志賀自白は被告人らの行為の意味付、会員権売却代金のランバン額等の点で、何とはなしに原判決の心証の裏付をなしているようである。つまり原判決は、志賀自白、あるいは志賀供述がそれほどに信用できないことを知り、かつそのことを判決書上ある程度示唆しながらも、結局は志賀供述を採用しているのではないのか。

しかし原判決がある程度認めざるを得ないように、志賀供述の信用性には十分過ぎる程の疑いが持たれて然るべきなのである。要するに、被告人志賀の供述は、余りに多様な説明方法、語彙の豊富さのため、かえってその真意を把握できない面が多く、表現の豊富さの蔭に貧困な内容が隠されているといっても過言ではないのであって、志賀供述に対する的確な理解を得さえすれば、原判決の如き認定には至らなかったといわねばならない。

以下、そうした志賀供述と分ち難く結びついている志賀本人の人格・行動傾向につき、被告人吉村の弁護人なりの評価を加え、その信用性を検討する。

2.志賀の人格・行動傾向

(一) 本件を巡る吉村及び志賀の関係を一言で表わすと、吉村はその納税意識の欠如こそ責任を免れることはできないが、しかしこれを徹頭徹尾利用し、さらに吉村を欺いてまでも自己の利益を図ったのが志賀であったということができる(付言すると、現在までに、吉村は争いのない所得については更正決定のとおり納税しており、所得税法違反については本件当時と明らかに情状が異なることを斟酌して戴きたい)。その赤裸々な金銭に対する執着心とそのための巧妙な話術はそれだけで、志賀の金銭に絡む供述の信用性に充分な疑問を投げかけるものといえよう。

まず被告人吉村との関係についていえば、志賀は昭和四六年頃吉村と知り合い、その資格がないのに公認会計士と偽って(会計士補であるから税理士資格もなく、税務申告業務の受任は許されていない)、吉村の当時の会社=丸吉産業の経理を見るよう委託され、その後(株)丸吉(47・5・24設立〔弁五三〕)、(株)ビバリー商事(49・9・20設立)、(有)千代田リース(51・12・8設立〔弁六二〕)等、いずれも吉村の会社の経理処理及び税務申告を委託されてきた(なお志賀57・5・2検調書は、吉村と知り合った時期を昭和四七年ころのことと述べるが、その時期は丸吉設立前の丸吉産業の時代であることは明らかであるので、記憶違いである。参照、志賀三四回七丁以下)。

これに対して志賀は、公認会計士の名刺は所持していないとし、対外的に資格を偽っていたことを否定するかのような供述をするが(同四丁裏)、前記志賀検調書、門倉56・9.28検調書さらには志賀を保証人とする金銭消費貸借公正証書(弁五二)、志賀の証拠請求した公正証書によれば公証人に対しても資格を偽っていたことは明白であるから、明らかな虚偽供述であるといわなければならない。

こうして経理、税務に専門的知識を有すること及びそのための事務処理をするについて十全の資格を有すると対外的に信じさせることは、志賀の最大の武器であった。吉村はこれを信じ、経理、税務申告を委託するとともに(勿論、虚偽の過小申告を委託したことは責められなければならない)、多額の報酬等を志賀に対し支払ってきたのである。にもかかわらず志賀は、報酬だけは受領しながらこの委託業務を全くしようとしなかったが、当公判廷においては、吉村から税務申告は依頼されていないとか、依頼はされたが納税期になると吉村の気持ちが変り、結局申告しないことになるなどと、吉村を欺いていた事実を否定した(三四回一四-一六丁、二七-二八丁、三五回一三丁表)。

しかし、志賀はこのことが問題にされていない検察官の取調べ段階においては、例えばビバリー商事時代は顧問料のほか決算・申告による脱税指導のお礼を受け取っていたことや(57・5・2検調書)、(有)千代田リース時代につき架空金主側の税務署対策、記帳・申告・納税を責任をもってやると約束したこと(57・5・9検調書)、吉村から「私(志賀)が架空金主側の記帳指導や申告の手続きをすると約束しておきながら何もしてくれなかったじゃないか」となじられた事実のあったこと(57・4・29検調書)、つまりこれら業務の委託を受けていながら何もしなかったことを認める供述をしており、また不明瞭ながら税務申告の委託のあった事実を認めるかのような法廷供述もある(三四回二二丁裏)。(有)千代田リースの本店住所地の変更(納税地の変更)も(三四回三三丁)、志賀の税務上の何らかのアドヴァイス(内容の真偽は別として)とこれに対する金銭的な報酬に関わりのあったことが推認できよう。

専門的知識を不正に活用することを売込みの最大の手段として、自己の利益を図る志賀の話術は極めて巧みであって、志賀が「記帳・申告・納税」までしてやると責任をもった架空金主(金主としては架空なるも、少なくとも実在会社でなければならない)、すなわち(株)国際経営経済研究所、(株)エムトレーダーズジャパンは、いずれも登記されてもいず、営業もしていない存在自体架空の税務署対策の不可能な「会社」であった(弁五七~六〇)。志賀はこれを言葉巧みに、例えば国際経経については資金量豊富な会社だなどという説明をして吉村に信じさせているのである(57・5・9検調書)。志賀は、架空金主を仕立てあげるため会社をつくったと述べたのは登記したということではない、登記しなかったからこそ架空なのだなどという法廷供述をしているが(三六回三七丁)これこそ志賀らしい弁解の最たるものであろう。また国際経経とは、ブリタニカの志賀の志賀国際経経と同一会社であるともいうが、他人の会社名を無断借用して、勝手に同一だといっているにすぎない(虚偽の説明をしたことを志賀は、法廷において認めた〔三六回四八丁〕)。

しかも志賀の行為はこればかりではない。志賀は税務対策上の事務の委任を受けることを口実に多額の報酬を吉村から得ていたのみならず、委託金員を露骨に領得するなどの行為もしていた。すなわち(株)丸吉の本店住所の変更及び大阪における銀行口座の開設、そこへの毎月の送金がなされている事実等は(弁五三、五四)、志賀が吉村を巧妙に欺いた結果であるとしか理解できない。そして送金された金員は大阪等において何者かによって払戻され、最終的に通帳は志賀の弟子とされていた高橋伸幸の保管するところとなっているのである(弁七三~八七)。志賀はこれらの事実を知らないとし、あるいは高橋に責任を転嫁する供述をしているが(三四回一〇~一三丁、三五回五~六丁)、かかる供述を信用することは到底できない。また吉村とともに(有)初雁カントリークラブの経営に乗り出した以降も、後述するとおり、同社の経費約五〇〇〇万円が使途不明であり、保全命令の予納金五〇〇万円、東京事務所における従業員給与の源泉徴収分(昭和五三年一月~五四年三月)、企業役員退職金保険、従業員の企業年金がいずれも志賀の管理する範囲において消失している(志賀四〇回二八~三二丁)。これらはいずれも、最近に至るまで吉村の知らなかった事実である。

志賀が、吉村と信頼関係のあるべき筈の時期でさえ、その信頼の陰で以上のような行為を行っていた事実は、吉村と志賀とが外見的に共同行動をとっているかのように見える場合でも、吉村にはその責任をとり得ない場面が多々あることを示している。こうした事実認識は本件にとって極めて重要であると考えられる。何故なら本件の帳簿処理、例えば志賀がアイチに対する吉村の代位弁済分を(有)初雁カントリークラブが回収してしまったかのように帳簿上処理したとしても、志賀が当該金員を(有)初雁カントリークラブから領得したか否かは別として、帳簿処理を根拠に吉村の代位弁済を否認したり、まして刑事責任を問うことなどは到底許されないというべきだからである。

(二) 志賀の金銭的執着心の強烈さと、しかもそれが異常であることは、次の事実からも明らかだと言い得る。すなわち、他人との金銭問題に関する志賀供述は、殆ど常に関係者の供述と異なり、支払いは多く、自己の利得は少ないとする内容となっているからである。

吉村との関係においても勿論そうであるが、伊藤久美に対する支払金利及び支払月数も、伊藤供述(57・5・14検調書・検一九三)に比し志賀供述(志賀三六回二四~二六丁、同四三回一一~一四丁、57・5・9検調書)は過大であり、島掛健に対する支払金額もまた相違している(57・4・22島掛検調書・検一六七)。

また放火による保険金詐欺に問われた名坂弘との間でも、志賀が自己の銀行口座に振込入金させた金三、六四八万円の保険金を巡り争いのあることが認められるし(志賀四〇回三五~三八丁)、志賀の支払ったと称する弁護士費用につき国税局宛に出した手紙(検三〇一)も金額を二〇〇〇万円などと過大にしたうえ、吉村が支払ったことを自己の支払であるかのように虚構している。さらに前述した(有)初雁カントリークラブ東京事務所従業員給与の源泉徴収分等の消失についても、宮本美知子の供述と異なっているのである。

以上によれば、志賀の金銭に絡む供述は、そもそも一般的に信用し難い性質を有するというべきであり、志賀供述の証明力には慎重な吟味が要請されているものといえよう。しかもここで注目しなければならないのはその供述が、常に責任を他に転嫁する方向において事実を虚構し、あるいは虚偽供述をなすという傾向があるという点である。

(三) かかる性格傾向を有する志賀は、会計士補の肩書が示すとおり専門知識は豊富であり、知的能力の点において優秀であることはおそらく疑いがない。しかしこの優秀性は前述の性格傾向のなかで発揮されているのであって、志賀によって創作された話=供述は容易に措信し難いものであることを、かえって物語っている。

例えば志賀は、会員券の印刷・登録は吉村が全て管理し、自らはそのための連絡を取り次ぐたんなるメッセンジャーボーイにすぎなかった(志賀三八回一七~三〇丁、三九回三~九丁)、会員権をローデムへ売ることを知らず、売ってしまってから売ったことをその日か翌日に聞いた(同三八回四〇~四二丁)、あるいはアイチとの交渉も殆ど吉村がやっていたかの如き供述をしている(三八回五三丁)。

この供述によって志賀は、ローデムへの売却代金額を知らなかったとして所得額を三億円から二億円のランバンに減額すること、また会員券の印刷・発行権限に関する論議を避け、責任は吉村にあるとして、しかも自身はそれに関与していない旨言わんと意図しているのであろう。原判決の、吉村が主動的に横領を企てたという認定は、まさにこの志賀供述によっているようである。

しかしながら、ローデムへの会員権売却を事前に知っていたことは、志賀が検察官に対し「吉村はローデムに売買交渉をする担当であり、一月二一日に売ったという報告を受けた」(57・5・4検調書)と述べていたことや志賀の指示によって島掛がローデムに会員券五〇枚を納品した日は二一日より前の一九日である事実(検甲二八六中のローデム会員課吉川の受領書)からも窺い得るし、また佐藤三郎がつけていた当時の詳細なメモ(検甲二七六中のメモ)によれば、アイチとの交渉についても当初志賀が中心になって行い、その後の経過を知らない筈のないことが明らかであって、志賀供述は事実に反する余りに責任転嫁的な供述といわねばならない。

さらに会員券の印刷・登録に関する責任についても、証券登録台帳に会員券の交付を指示した者が志賀であることを示すSの表示のあるものが少なくないこと、会員券への押印が川越の事務所で行われたことは否定し難く、したがって志賀指揮下の作業であることもまた自明の事実であること、島掛の「ファイルノート」(検甲二八六)によれば会員券の印刷・登録についての志賀の指示は相当具体的詳細で、到底メッセンジャーボーイのなし得る指示内容ではないこと等に照らせば、志賀が責任回避のため事実を虚構したことが見てとれよう(その供述は証明力十分なメモ等のいわば客観的な証拠に反している)。

まさに巧妙に事実を虚構創作するのが志賀供述の基本的特徴であるといってよいのである。

(四) 以上のように見てくると志賀の吉村とのランバン金額等に関する供述には、当然のことながら疑問がもたれなければならない志賀の金銭的執着心は異常なほど強烈であるばかりか、その金銭に関わる供述に一般的に信が措けないのである。被告人両名の供述を公平に評価したとしても、志賀が他の場合と同様に自己の利得を過小に作為した疑いは十二分にある。しかも事件全体のなかで、被告人吉村において三億円中一億円のランバン=五千万円の所得についてのみ事実を虚構しなければならない理由はなく、その疑いはむしろ志賀にあろう。

志賀調書のなかにさえ、所得について作為的な主張をしたことを自認した供述も存在する。すなわち、志賀昭和五七年五月一一日付検察官調書(検三六)によれば、前回(の取調べの際)は「……間違いない数字であることを訴えたいために頭の中でいろいろパーセントを出し」計算したうえで「説明し」た、「五パーセントとか……いう数字は……上申書でもいっておりましたので、それも参考に組立て主張したという訳です」、「わざと一〇〇万円を少なくいってこの分の私の税金を減らそうとしたのです」というのであり、かかる供述態度が現在に至り変化したという証拠はない。弁護人は、志賀のランバンに関する供述は(この供述もまた、というべきか)事実に反し、誤解に基づく供述をしたハワイ資料中の戸田浩の供述調書の記述を基礎に構成・創作されたものであると考える。

また内容的にみても、志賀供述にはランバン状況の説明に変遷があることを含め不自然な部分がある。まず分配状況であるが、志賀検察官調書(57・5・4)によると、昭和五二年二月下旬、メゾン・ド・ラミアの東京レントの金庫に保管してあったローデム振出の約束手形一〇枚についてその場で、「約束通り五枚ずつの約束手形を一旦取り合い」、吉村がアイチの肩代り分と一月二三日の初雁への貸付分につき半分負担してくれと要求したので、そのとおり「その場でお互いの取り分の中から二枚ずつ合計四枚の約束手形を出し、その分は吉村に預け」た、つまりその場で、「私の手許に……三枚残りました」とされているのに対し、法廷供述になると、メゾン・ド・ラミアでは一旦四枚を受け取って退出し、その後、さらに一枚を返した、となっているのである(志賀三九回三〇~三三丁。そればかりか法廷供述自体にも変化があり、まず一旦五枚ずつ取り合ったとしていたのが、計算上取り合ったということであって、トランプのカードを配るように五枚を分けたという意味ではない、という供述に変化している)。供述のこの変化は、検察官調書のように三枚を持って退出したというのでは、原審検察官の冒頭陳述書別紙〈1〉の手形No.7(以下「7の手形」または「手形7」というように表記する)の第二裏書人が高橋となっていることを説明できないため(つまり、少なくとも高橋裏書のものが四通ある)、これに気付いた志賀が意識的に行ったものであろう。志賀にとり、かなり関心が高く忘れる筈のないこのような分配状況について、供述が不確実であるということは甚だ不自然であり、これはまさに志賀が事実をありのまま供述していないからであると認定すべきである。

またアイチ分として四〇〇〇万円の半額二〇〇〇万円を負担することになった分は、手形9であり(吉村分としては手形7)、この外、吉村が昭和五三年一月二三日初雁に貸し付けた半分の負担に該るものが手形一〇、一一月満期の手形15、17だと思う、というのであるが(前記検調書、志賀三九回三六~七七丁)、まずアイチ分に該る手形の満期を六、七月と供述していることについては、吉村においてまさに個人の手形を振出し代位弁済した期日が六、七、九月(三〇〇万円については既に一月中に支払)であって余りに期日が切迫し、吉村がかかる条件を了解するとするのは不自然であり、また当時、両名の間で行われていたトップ・オフという観念にも反する。つまりトップ・オフというのは文字どおり、天引きするのでなくては意味がない。吉村は実際、アイチ分をトップ・オフによって優先的に回収したのである。なお、アイチ分について吉村が現金で負担したのは、三〇〇〇万円であって、この点でも志賀供述は事実に反する。事実は、現金をすぐにでも手にしたい志賀の要求をかなえ、しかも吉村のアイチ分トップ・オフを実行するため、手形金一億円につき千代田リースが割引を行い、それから三〇〇〇万円を控除して残額を折半したのである。この点に関する吉村の供述は終始一貫し、信用性は高いものといわなければならない(手形7・9について、検察官はいずれも取立後現金折半した、との認定であるから、志賀供述とも異なる。志賀供述も虚偽であるが、検察官のこの主張にも、支持する的確な証拠がない)。

次に志賀が初雁への貸付分とする点についても、一月二三日、吉村は初雁に四〇〇〇万円貸し付けた事実はなく、法廷における志賀の供述も、あるときはこれが既に返済されたと述べ(三九回四六丁、七七丁。なおアイチ分の内金三〇〇万円も帳簿上は吉村が初雁から返済を受けたように処理されており、経理処理は凡そ出鱈目である)、あるいは全く要領を得ない説明に終始している(同四〇回一~一五丁)。また該当するという手形の満期が一〇、一一月となることも甚だしく不合理で、アイチ分について志賀の述べるところと同様にトップ・オフの観念に反する。そのうえ、この分は初雁の裏書があるから(有)初雁カントリークラブに貸し付けたものであるというのが志賀の主張であるが、志賀の弁解録取書によれば同社の夏のボーナス資金にあてたと供述しているのであって(つまりこの点についても供述に変遷がある)、一〇、一一月入金ということと矛盾するのである。要するに志賀の供述は、初雁の経費について架空の負担を創作し、しかもそれを貸し付けたとすることによって、自己が現実に受領した金銭を少なく見せかけようと、事実を虚構したものといってよい(志賀検調書にもその傾向が看取され得る。志賀は調書中で、これを所得でないとはいわないが、現実に貰ったお金は六〇〇〇万円だ、と強調している)。なおこの点も原判決認定と相違することを指摘しておかなければならない(志賀三九回四二丁以下の説明も要領を得ていない)。

以上要するに、志賀ランバン供述には、それが真実であるとすれば不合理、不自然な点が多々あるばかりか、むしろ自己の利益を過小に見せかけようとして作為したと認めるべき合理的な理由がある。かかる供述を信用することは到底許されないものと考える。

5 被告人吉村の検察官に対する供述調書の信用性についての事実誤認

1.被告人吉村の検察官に対する供述調書における自白には任意性も信用性もない。任意性、信用性のともに存在しないことについては、弁論において詳述したとおりであるのでこれを援用し、ここでは、特に信用性が欠如している点について掘り下げる。

2.川越開発事件については、昭和五六年九月二九日付け調書が、検察官申請の調書の中で基本となっているものなので最も問題となるところであるが、同調書における被告人吉村の犯意及びこれに基づく被告人志賀との共謀の経過は、以下述べるとおり信用性があるとは到底認められない内容であり、原判決も、その事実認定から明らかなように、この自白を採用していない。

つまり原判決は、被告人吉村の自白部分に関しては、「その供述の信用性については十分な検討、吟味を要するところであり、当裁判所も、この点について慎重に対処した。」と述べ(二一〇ページ)、含みのある表現を用いて信用性に疑問のあることを指摘している。原判決は、あるいは前途ある検察官に傷を付けないよう配慮したのであろうか、信用性に疑問のあることを指摘しながら、これを具体的には全く説明していない。しかし、原判決が犯意、共謀について自白とは異なる認定をしていることから、原判決が検察官調書における被告人吉村の犯意、共謀の自白を信用性のないものと判断していることは明らかである。

つまり、右検察官調書による犯意、共謀の経過を抽出すると次のようになる。

(一) 昭和五二年一二月末頃、会員券番号が相当重複していたので、被告人志賀の発案で新会員券を発行することにした。(三〇項)

(二) 被告人志賀が新会員券を発注した。この結果、旧会員券は無効となり、債権者は担保会員券を失った。被告人吉村の担保会員券何百枚も失効した。(三一項)

(三) 被告人吉村は、新会員券一〇〇〇枚ばかり分けて貰い一儲けしようと考えた。(三一項)

(四) 昭和五三年一月中旬頃、(有)初雁の事務所で、被告人吉村が被告人志賀に対し、「私は、川越開発に債権があることでもあるので新会員券一〇〇〇枚ばかり売りたいので分けて下さい。」と申し出た。(三三項)

(五) これに対し、被告人志賀が「それじゃ、私も会員券一五〇〇~一六〇〇枚売りたいので、合わせて二五〇〇~二六〇〇枚売って下さい。」と答えた。

(六) 被告人吉村は、被告人志賀に同人が担保会員券を持っていないことを質した。

(七) 被告人志賀は、債権や担保とは関係なしに会員券を売って山分け(ランバン)しようと答えた。

(八) 被告人吉村は、二五〇〇~二六〇〇枚の会員券売却代金が被告人両名の債権額を越える三億七〇〇〇万~八〇〇〇万円にもなり、これを山分けするのであるから債権の回収というよりもむしろ会員券を売って一もうけしようというように理解した。

(九) 被告人吉村が、これに賛同して共謀が成立した。

これに対し原判決が認定するところの被告人らの犯意と共謀の経過は、

(一) 被告人吉村は、(有)初雁が川越開発から委任を受けた会員券の登録業務を行うため、昭和五二年一二月下旬ころ、会員券用紙を新規に印刷することとしたが、その際、担保会員券とは関係なく、川越開発に大量の会員券を発行させ、この新規発行にかかる会員券を売却し、その売却代金を横領しようと企てた。

(二) 同月下旬ころ、被告人志賀を介し、会員券の印刷を発注した。

(三) 昭和五三年一月四日から一一日まで、被告人吉村は、ハワイに被告人志賀を訪ね、被告人志賀がコース運営を担当し、被告人吉村が会員券業務を担当することを確認したうえ、被告人吉村が新規会員券を売却した場合には、半分を被告人志賀に与えることにし、ここに横領の謀議を遂げた。

というものである。

このように、原判決が、被告人吉村の自白調書とは異なる認定をしていることから明らかなように、原判決は、被告人吉村の自白調書の核心部分の信用性を否定しているのである。

3.この検察官調書における自白には全く信用性がないことについて、弁論で詳しく述べたが、以下要点を述べると

(一)の重複番号整理のため新会員券を発行することは正当である。

(二)の新規会員権の発注によって旧会員券が無効になり、債権者は担保を失ったとする点は、完全に有り得ない事実である。すなわち、ゴルフ会員権は、前述したとおり、ゴルフ場施設利用権と預託金返還請求権の合体した債権あるいは地位を表示する指名債権であり、会員券はその証書である。従って、株券のように権利が証券に化体されているものではないから、新証券が作成されたからといって、証券に表示された権利地位が失効することは在りえない。被告人吉村も、新会員券を印刷したからといって、従前の旧会員券が無効になり、担保券が消滅してしまうとは考えていなかった筈であり、実際、その後の行動から判断してもそう考えていなかったことは明白である。

つまり、新券印刷によって旧券が無効になるのであれば特段行なう必要もない新券と旧券の差換えを実行していることと、旧券を所持する伸共ゴルフ等会員権担保債権者の担保会員権の登録を認めていることなどである。

新会員券の印刷によって旧会員券が無効になるというような被告人吉村が考えてもいない、誤った理論に基づく事実(四四丁)が被告人吉村の供述である筈がなく、右記載部分は、検察官の考えた論理構成がそのまま調書に記載されたものと見るのが自然である。

これに続く被告人吉村と被告人志賀の共謀について、被告人吉村が被告人志賀に会員券を一、〇〇〇枚求めたところ、被告人志賀が被告人志賀の分として一、五〇〇枚~一、六〇〇枚を加えて売って折半しようと相談したと記載されている(四六丁)。しかし、何故被告人吉村の分が一、〇〇〇枚であり、被告人志賀の分が一、五〇〇枚~一、六〇〇枚なのか。各人の権利に拘らず折半するというのであれば、各人の分という枚数が話に出る筋合いではないし、仮に各人の分が問題となるなら、代金を折半する以上、その会員券枚数も折半でなければならない筈である。

それとも、被告人吉村の一、〇〇〇枚が千代田リースの有する担保会員権であるというのであろうか。だとすれば、被告人吉村の一、〇〇〇枚分については正当な法的根拠に基づく売却である。被告人吉村の正当な会員権と、被告人志賀の本来存在しない会員権を合わせて売却し、その代金を折半という計算は成立たない。

結局、被告人両名の共謀が右のような不自然なやりとりの中で成立する筈がないから、共謀自体成立を認めることは出来ないものである。

要するに、検察官は、事実に反して創作した犯意と共謀を、信用性があふれているかのように見せるため如何にももっともらしく生の言葉まで用いて調書に記載して被告人吉村に署名させたものであって、所詮真の事実に根差したものではないから不自然さを表出してしまうのである。

自白調書のいわんとするところ、要するに横領するものだから折半だという供述であって、被告人吉村の一、〇〇〇枚と被告人志賀の一、五〇〇枚~一、六〇〇枚という枚数が代金の折半を支える数字的根拠ではなく、犯意の形成、代金折半の根拠でも何でもないのである。結局、この数字は、昭和五三年一月以降の早い時期に被告人吉村が売却した会員権口数がローデムに売却した二、〇〇〇口と、個別売りのものとを合計して二、五〇〇口程度になることを念頭において、単に数字合わせのためだけに検察官によって構成された数字であって、具体的事実の裏付けのない数字であるから、地に足がつかないのである。

実際、仮に二五〇〇~二六〇〇口を売却して売却代金を横領するという共謀であるなら何故、ローデムに対する売却交渉が当初から二〇〇〇枚なのであろうか。売却するにあたってはローデムに一括して売却するほうが容易であるし、ローデムにとっても第三者が並行して販売するような競争相手の出現を防止出来るから一括して購入する方が利益である。にも拘らず当初から二〇〇〇口の売却交渉であったということは、二五〇〇~二六〇〇口を売却するというその数字が事実の裏付けを伴わない何よりの証拠である。

第三 量刑不当

一、原判決の量刑についての判示

原判決の被告人に対する量刑は極めて過大、過酷であって、破棄されなければ正義に反するというべきである。

1 川越事件について、被告人吉村は、「川越開発に多額の債権を有し」かつ「資本、経営の両面で川越開発を支配する地位を獲得した」ものであるから「公私のけじめを厳につけるべきであったにもかかわらず、これを破り」「大量の会員券を乱売し」「会社の再建、維持に貴重な多額の会員券売却代金を横領したもので」「川越開発を私物化したとの謗りは免れ難い」(判決書三〇一~三〇四ページ)と、最大級の非難を与え、

2 パレスゴルフ事件について、「資金難に苦しむパレスゴルフを私物化して横領を反復継続し、滞納租税公課の支払いや預託金の返還を求める会員を尻目に私欲を図」った(判決書三〇七~三〇八ページ)として、その悪質さを強調し、

右両事件とも「多数のメンバーが事件に巻き込まれ、被害の余波を受けていて、及ぼした影響も広範であった」(判決書三〇〇ページ)として、いかにも被告人の両ゴルフ場再建策がむしろゴルフ場会員自身に被害を与えたかのように描き出し、

3 法人税法、所得税法違反事件については、「斟酌すべき余地がないばかりか被告人の納税意識の欠如を顕著に示すものである」(判決書三一〇ページ)と非難し

ている。

二、川越開発事件の情状

1 すでに第二「事実誤認」において、川越開発事件における事実誤認の項で同事件は、被告人吉村が、債権者として有していた債権の担保である会員権を処分したにすぎないもので業務上横領が成立しないことは詳述したとおりである。

原判決は、債権者であっても、否そうであるからこそ、経営権を掌握した場合には、自らの債権は棚上げもしくは放棄し、自らは別途多大な出損をなしたうえ、他の債権者の債権回収には万全を期すべきであるというがごとき、現実に経営に携わる者、それも倒産会社の経営を引受け再建を行おうとする者に取引界の実情からかけ離れた聖人君子のごとくモラルを求めているようである。

2 万歩譲ったとしても、被告人吉村が、他の有担保(会員権)債権者と同じように債権者の立場から債権を回収したことが何故に非難されなければならないのであろうか。

現に、他の有担保債権者及び小口債権者はその有する担保会員権を処分し、もしくは新たに割充てを受けた会員権を処分することによって債権を回収している。

これら債権者は何の非難も受けず、被告人のみがその債権を回収したことをもって、何故にこれ程の非難を受けなければならないのであろうか。

また原判決が、被告人らが「乱発してふくれ上がった会員の人数減らしを企図し、追加預託金を徴求して」と判示するとき、会員がふくれ上がったことによる会員の不利益はもっぱら被告人の責に帰せしめられているのである。

しかし会員権を担保として乱発(約三四〇〇口)したのは川越開発の前記経営者とりわけ元専務取締役岡野今雄であり、仮に被告人ら川越開発の経営を承継せず、他の債権者あるいは第三者が経営に関与し、再建方針のもとに倒産-ゴルフ場の消失という事態が将来しないで、まがりなりにもゴルフ場が維持されていたとすれば、岡野今雄の乱発した会員権が処分、登録されることによって、会員がふくれ上がることとなったのは必定で、これを整理する方法は被告人らがとった方法以外に有効な手段はそれ程もないことは明らかである。

三、川越開発、パレスゴルフ事件に共通する情状

川越開発事件、パレスゴルフ事件の両事件とも、両ゴルフ場メンバーが被害を受けたとすれば、被告人吉村の前経営者の乱脈経営にその責任の大半があり、パレスゴルフ会員の預託金返還請求権が水泡に帰したのは、パレスゴルフが銀行取引停止処分になったからでもないばかりか、被告人吉村が、会員権売却代金や年会費収入を関連会社へ資金流用したためでもなく、前記乱脈経営にもとづく膨大な会員とその返還債務の莫大さによるものである。

ゴルフ場の土地そのものに対する権利が賃貸借であったり河川敷占用許可である場合、倒産したゴルフ場会員権の被害をより小さくする方法は、被告人らのとった方法しかなかったことはゴルフ場に換価価値がないことから明らかである。

四、パレスゴルフ事件の情状

1 パレスゴルフ会員権売却代金および年会費収入についての被告人の関連会社への流用もしくは個人的事業への使用が、犯罪として成立するとしても、実損を殆ど被らせることのない態様、すなわち直ちに返戻し、相殺処理をなしうる方法での使用流用であり、まさに「形態において平和的であり、動機において誘惑的」な「領得」でしかなかった。

2 弁護人らは、被告人吉村の会員権売却代金のうちの合計一億円の約束手形の保管、再分割の事情、さらには、パレスゴルフの再建計画および被告人吉村によるその実行(原判決は、「滞納租税公課を尻目に」と批判する-判決書三〇七、三〇八ページ-が被告人は、これの支払い計画を立て、当局の了承を得たうえ、これを実行し了している。)、伊藤忠商事等への支払い状況について説明し、かつ年会費収入の吉村金次郎口座への振替時の被告人の意思および事情、同口座からフェニックス建築資金への流用、相模台ゴルフ倶楽部への融資の理由、他の仮名口座への移し替えの事情および当時の認識、関連会社間の経理処理等を詳説し、その不法領得とされた額の多額さにもかかわらず、罪責は、悪質ではないことを力説したところである。

3 原判決は、これらの事情を一顧だにせず、ただただ年会費収入程度では預託金返還債務を支払うことなど決して出来ないのに、これをしないという机上の空論をもとに、被告人吉村の差押回避(財産の散逸防止)の意図からする関連会社への流用を「悪質である」と断定するのである。

また悪意に満ちた情状認定というべく、虚心に弁護人らの主張に耳を傾け、証拠を精査するならば、被告人の行為が自らのあくなき金銭欲を充足させるためになした領得行為などとは到底認定しえないことは明白となるであろう。

五、税法違反の情状

弁護人らは、被告人が本件捜査開始後に、滞納税額を徐々にそして相当額支払いかつ続行していることに表われたいわゆる脱税についての反省と、今後の納税についての真摯な態度を斟酌するよう力説した。

原判決を見ると、修正申告をなし納税を現に終了させた者と全く支払う意思すら窺うことのできない者をその刑の量定にとっては無関係であるとしか読み取ることは出来ないのである。

被告人吉村は、原審判決までの間に弁一〇二、一一六ないし一二一で証明したごとく、約四億五〇〇〇万円強(法人税を含む)を支払うとともに、その余の未納税分については担保を提供してきたところである。

さらに、原審口頭弁論終結後も未納付税の支払いに努力し、所得税においては未納税額の約金二億四〇〇〇万円(異議申立中のものを除く)のうち金一億五四〇〇万円(すなわち本来の税および加算税に対するところ八〇パーセントに達する)を納付し、法人税においては、新たに約金一一〇〇万円を支払わせている。

被告人の納税に対する改悛した意識、税収の確保という観点からしても、当審において、あらためて評価すべきであると思われる。

六、結語

いわゆる川越開発、パレスゴルフ事件における実損の不存在、税法違反事件における納付等をみると、原判決の量刑は著しく不当に重く、破棄されなければならず、当審においては執行猶予の判決がなされるよう強く切望する次第である。

以上

昭和五九年(う)第一七四五号

○控訴趣意書

被告人 志賀暢之

右被告人志賀暢之に対する所得税法違反等事件について、弁護人らは左記のとおり控訴趣意書を提出致します。

昭和六〇年四月二六日

弁護人 福岡清

同 桃尾重明

同 山崎雅彦

東京高等裁判所 第一刑事部 御中

第一、総論として

一、原審判決は、その骨格において、本件控訴事実を認め、被告人らを有罪としているが、特に川越開発事件については、検察官の主張のうち、いくつかの点について首肯できないとして排斥している。ところで、この排斥されたいくつかの点をはぎとられた結果、現れた原判決の骨格はきわめてグロテスクなものであり、その骨格だけでは坐ってられない、いわゆる判決として、きわめて坐りの悪い姿をさらけだす結果となってしまっている。

即ち、検察官が主張する本件起訴事実は、これら原審で排斥された事実が有機的に構成されて、はじめて本件横領罪を論拠づける主要なファクターであったはずであり、これらの事実が排斥された結果、逆に原審判決の矛盾と弱点がより明確に浮彫りにされる結果となってしまっている。

二、検察官が本件会員券売却代金受領を横領であるとの論拠の最も中核といってもよい部分は、

「被告人吉村が処分できる担保会員券の枚数は一、〇〇〇枚ということになり、仮に被告人志賀の債権額一億三、五〇〇万円を一枚二七万円と評価した五〇〇枚を加えたとしても、被告人らの前記処分枚数だけからみても本件担保会員券の売却による債権回収であるとは到底認められないことが明白である。」(論告二九頁)。即ち、検察官は、本件吉村がローデムに売却した会員券が担保会員券売却による債権回収でない論拠として、

イ、吉村は担保会員券を一、〇〇〇枚しか持っていなかった。

ロ、会員券を一枚二七万円で評価しても五〇〇枚しかならないという事実を前提としている。この二点は原審検察官の主張の骨格をなすもので、横領を論拠づける主要なファクターであったのであるが、原審判決は、吉村が保有する担保会員券が、二、五六〇枚あるいは昭和五三年二月二〇日以降においては二、四六〇枚であったと認定している。

一方会員券の清算価格二七万円と決められたか否かについては、原審は全債権者を直ちに拘束する性質の決議として成立したとみるのは疑問を残すといわざるを得ないと認定している。

そうすると、検察官が主張してきた担保会員券の売却による債権回収を否定する論拠の二大柱が崩壊し、従って検察官主張の論拠はほとんど潰え去ったといわねばならないはずである。原審記録を見れば明らかなとおり、検察官はこの二点の立証に最大の力点をそそいできており、これが共に本件横領罪として起訴するきめ手であったのである。本件起訴時において、もし吉村の担保会員券が原審判断のとおり二、五六〇枚、あるいは二、四六〇枚存在することが確認されていたならば、検察官は果して本件起訴にまで踏みきるかはきわめて疑問なところである。当時検察官は、単純に被告人らが会員券を新しく印刷し、これを売却することによって、担保会員券という概念そのものが消滅したと考えており(馬場検事の吉村の供述調書)、又担保会員券の存在について、吉村の弁解を一切封じており、アイチがそもそも担保会員券を取っていなかったとして、担保会員券の存在そのものすら否定する態度に終始していたのである。即ち、検察官は原審の担保会員券の枚数に関する争点を予想せず、この存在を度外視して起訴したものである。しかるに原審における吉村の弁護人の立証により担保会員券の存在に気づき、これを無視しきれず、やむなく一、〇〇〇枚の存在を認めたものの、この枚数がローデムに対する売却数に達していないことを横領罪成立の主要な論拠としてきたのである。

又一方、もし志賀なり吉村なりが仮りに会員券を新しく印刷発行したとしても、一枚二七万円と評価し、それぞれ自己の有する債権額に見合う枚数を売却していたのであれば果して検察官はそれをも横領罪として被告人らを起訴したであろうか。現実に債権者の中には二七万円で自己の債権に充当した者も少なくなく、この金額での充当であれば、本件起訴には至らなかったのは、検察官が債権者会議で一枚二七万円で評価する決議が存在すると主張する以上明白である。検察官の本件起訴の論拠は、志賀は一枚二七万円と換算すると五〇〇枚しか発行できないのにこれを越えて多数の会員権を売却し、その代金を受領したからこそ、その点の許しがたい違法性を追及しているのである。ところでこの点も原審判決によれば、一枚二七万円で売却しなければならない法的拘束力は認められないというのである。とすれば、検察官が論難する基本的土台はいずれも崩壊し、志賀は自己の債権を回収する為に吉村が売却した会員券の売却代金を受領することは後述する権限等の論点を残すとしても、基本的には問題が存在しないこととなる。

三、吉村のもっていた担保会員券は一、〇〇〇枚であったこと、会員券は二七万円で評価しなければならないという検察官の二大支柱を否定して、なおかつ被告人らについて本件横領罪を認めることは実に至難なことである。原審判決は、吉村が二、五六〇枚あるいは二、四六〇枚の担保会員券を保有していることを認定しながら、被告人ら両名は、この担保会員券と全く別個に会員券を売却して債権回収と離れて横領を遂げたと理由づけせざるを得なくなり、その理由を縷々と説明している。この個々の理由に対する反論は吉村の相弁護人の反論を援用するが、常識的に吉村が本件ローデム売却以外に後日残る担保会員券をなおかつ他に売却したという事実があるならばいざ知らず、シュレッダーにかけて破棄している以上、これが債権回収と離れて、全く担保会員券とは別個の会員券を売却したと積極的に犯罪の証明ありとして認定することは相当の疑問が残るのである。川越開発が手形不渡を出し倒産し、自己の多額の債権がこげつき、債権回収が不能の状況において、自己の債権回収と離れて(一般的に会社が手形不渡を出して倒産したときは債権の満額を回収するのは経験則上不可能に近いことは常識である)、自己が担保会員券を有するにもかかわらず、これを棚上げして売却しその代金を横領したというには相当の論拠と理由づけがなければなるまい。検察官の論拠とする前記二大柱が欠落した今、冷静に考えてみて、原審判決理由はいずれも末梢的なもので、未だとうてい横領罪の事実を証明是認しうるものではない。

四、債権者会議において、会員券が一枚二七万円で評価しなければならないという拘束が存在するとの論理が否定されたことによって、川越開発の実質的経営権を掌握した被告人らは、会員券を売却し、その売却代金をもって自己の債権を回収することは何ら法的に犯罪を構成するものではないはずである。原審判決も「債権者が債務会社を支配し、優先して自己の債権を回収することは、債権者等の見地から批判、是正を受ける余地を残しているとしても、利害打算を至上のものとする商人間にあっては、あながちこれを不当視することは当を得たものとはいえない。」と述べている。

とすれば後述するとおり、志賀には自己の債権を回収する権限があり、本件会員券の売却代金の受領は、債権充当であるか否かを改めて検討されるべきである。志賀は、拘留中も公判においても一貫して、売却された会員券について、一枚二七万円で評価してこれによって債権回収するつもりのないことを述べており、又売却した会員券については、吉村とは担保共用する約束はあるものの、必ずしも担保会員券でなくともかまわないと供述していることが、今や論理的にも一貫した主張として生きて来るのである。そのことは、原審判決で「被告人両名は、川越開発の実権を掌握するに至った後は、担保会員券をそれほど重視していなかったものとみられ……」(一九二頁)と書かれている部分があるが、志賀にとっては、正にそのとおり、自己の債権を回収する限度では、それはどちらでもよかったのである。そこにおいては吉村とは立場も考え方もそもそも意思の連絡もないのであるから考え方が異なっていて当然である。ところで原審は後述するとおり、いくつかの理由をあげて、志賀が本件会員券売却代金を受領したのは、債権回収の為でないと認定しているが、いずれも倒産時の状況を考えるならば、十分な論拠とならないばかりか、志賀が関口に対する利息債権回収による支払の必要のないことを告げたこと、債権譲渡後関口に手形を返還したことについて全く説明していない。原審の理由不備のそしりはまぬがれがたいものである。

五、次に原審判決によれば被告人らの本件会員券売却代金横領の共同謀議は昭和五三年一月四日から同月一一日までの間ハワイでなされたとしている。被告人らの共同謀議をこの昭和五三年一月のハワイに設定すると、確かに判決を書くのに書きやすいということは認めるも、後述するとおり、被告人らが川越開発倒産後川越開発の実権を掌握したものの、この時期において、果たして会員券が売れるものかどうかも明確でなく、保全命令も出ていない、川越開発が無事存続するかも不明確な時期に、自己の債権回収や自己が保有する担保会員券の売却を棚上げにして、会員券売却代金の横領を共同謀議したというのは、あまりにも擬制に過ぎるのもはなはだしいといわねばならない。原審裁判においても吉村の検面調書(乙23)をその証拠としているが、吉村の検察官に対する供述調書の証明力はきわめて低く、検察官のリードのおもむくままであり(吉村は勾留中精神的に疲弊し、自殺を企てている状態であった)、この供述調書でも一人でハワイに行ったことになっているが、これは虚で、実は落合敦子と小林某女の二名の女性を同伴し、正月休みの遊び気分でハワイに行っている。そこでの話合も、主に志賀がコースを担当し、吉村が会員券の売却を担当するという話が出たかもしれないものの、会員券売却による「債権回収を離れて横領する」との謀議がそこで語られたとは考えられない。被告人はともに債権者であり、自己の債権の回収について腐心していたことは事実であるとしても、そこで語られたのは、被告人らがそれぞれが互いにぬけがけしないで、他の債権者に先じて優先的に債権を回収しようとしたこと、その際は売却代金であれ、コースからの売り上げであれ、いままでのいきさつから折半でいこうという話合程度を出たとはとうてい考えられない。志賀はむしろ、吉村のいう倒産会社の会員券の売却による債権回収については信用しておらず、その事情については吉村は、

「なお、私と志賀さんとの話の中でコースの運営管理は実業であり、会員券の売却は虚業であるという話も出ていたように思いますが」(乙23)と当時志賀が会員券売却による債権回収の方法に対して、むしろ否定的立場すらとっており、このような志賀が、積極的に債権回収を離れて会員券売却横領の共同謀議が交わされたとはとうてい認めがたいのである。

以上の論点を概観してみても原判決は本件公訴の有罪を理由づけるというより、なお一層の矛盾と疑惑を深めたといっても過言でなく、控訴審においてはより一層の慎重な審理を求めるものである。

第二 会員券売却にかかる被告人両名の共謀

一、川越開発事件の原審判決中罪となるべき事実(五二頁)から明らかなとおり、志賀は、なんら実行行為とされる行為を行なっていない。原審判決によれば、横領の実行行為者は、吉村一人であり、志賀は一部実行さえ行なっていないのである。そもそも吉村の会員券売却及びその代金受領などが横領の実行行為と目されるべきものでないことは後述するが、それに先立って、被告人間に原審判決にいう共謀が存しないことを以下明らかにする。

二、原審判決は、まず会員券の新規発行とその売却代金の横領の共謀の項(三七頁以下)において「昭和五三年一月四日から同月一一日にかけて、ハワイにおける志賀の別荘で吉村が川越開発の新規発行にかかる会員券を売却した場合には、吉村だけがその売却代金を取得せず、その半分を志賀の取得とする旨の協議、取決めを行ない、ここに被告人両名は川越開発の新規発行にかかる会員券の売却代金について、これを横領して折半することの謀議を遂げた」と認定する。また弁護人の主張に対する判断等の項の中では(一九九頁以下)、志賀は「債権の実質上の回収を図りたいという気持ちが動機にあったことは否定できないとしても、本件約束手形金の分配及び酒井口座からの払戻金の分配を債権回収と具体的に関連させ、債権の回収として行うものであるとの認識はなく、やはり、債権はそのままに残して、本件会員券売却代金を被告人吉村と分配する意思であったと認定するのが相当である」としたうえ、被告人両名の分配は「横領の共謀に基づくものであるとみるほかなく、その共謀は、遅くともハワイにおいてなされたものと推認するのが相当である」とする。

弁論要旨においても論じたが、実行行為をなんら行なっていない者に対し実行行為者と同等の正犯的立場を科する共謀共同正犯理論は、そもそも違法な理論と考えられるべきであるが、その一般的論議はおくとして、ハワイにおける被告人両名の話合いは、横領に向けての共謀との刑法的評価を与えられるべきものではない。共謀共同正犯が成立するためには、最高裁昭和三三年五月二八日(集一二巻八号一七一八頁)判決は、「二人以上の者が、特定の犯罪を行うため、共同意思主体の下に一体となってたがいに他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議をなし、よって犯罪を実行した事実が認められなければならない」とする。

判例の立場にたっても実行行為を行っていない者に対して、これを行なったと同等の刑責を科するためには、実行行為を分担して犯罪を行った以上に、共謀の事実の存否を詳細に具体的に、しかも厳格な証明により認定しなけれらばならないはずである。これを安易に認定することが許されれば、行為責任を大原則とする刑法理念を裁判所自ら破り、刑法の人権保証機能を揺がすこととなるからである。かく考えると原審判決の認定は、当時の川越開発の状況、同社の債権者の動き、被告人両名の債権回収に対する認識、さらには被告人両名の人間関係の事実誤認をしたばかりでなく共謀の評価についても誤っているといわざるを得ない。特に原審が認定する共謀の事実が、目的、場所まではともかく、その内容が具体的に示されない限り、被告人及び弁護人としては個別に反論しようもない。その意味で共謀は「遅くとも」ハワイにおいてなされたものと「推認するのが相当である」との判示は、ハワイにおける話合いの前段階で、共謀と認められる行為があったのかなかったのか明らかでなく、またハワイにおける話合いについても債権回収に対する両被告人の認識の相違、新規発行にかかる会員券の性質についての認識を細かく鑑みなければならいなにもかかわらず、一方的に断じている点に問題がある。ハワイにおける話合いが共謀といわれる話合いでないことの具体的指摘としては次のとおりである。

三(一) 昭和五二年一二月下旬志賀が、自分のハワイの別荘に行き、翌五三年一月四日ころには吉村も右志賀の別荘に赴いていたことは事実である。しかしハワイに志賀が行ったのは、昭和四七年来毎年正月をハワイで過すことが慣例となっており、この年もその例にならって行ったものであり、また吉村もこの時期前後からハワイが気に入って、良くハワイに赴くようになったもので、その際には志賀の別荘を利用することが多くあった。志賀及び吉村がこの時期ハワイで会ったのも川越開発の件を協議するためではなく志賀にとっては、昭和五二年一一月二五日以来の川越開発倒産をめぐる肉体的、精神的疲労を少しでも癒すことが目的に他ならなかった。もちろん吉村が来てからは、川越開発のゴルフコースの経営をめぐる将来の展望や川越開発に対する債権回収の見込み、方法などについて話し合ったことは事実である。しかし、被告人両名が話し合ったことは、目先において実現できると思うことを話し合ったものではなく、債権回収のためには、かような方向にいって欲しいとの希望的観測に満ちたものがほとんどであった。この後の事実関係をみると、ほとんどがこの当時被告人らが希望したとおりにことがすすんだことが、会員券売却代金の折半につき、あたかもハワイの話合いで成立したと推認させる根拠となっているが、裁判所においてはハワイの話合いの当時は、未だ川越開発が一回目の不渡りを出して事実上倒産してから一ケ月程しか立っていないころのことだということを再認識すべきである。昭和五三年一月初旬当時は、被告人らが、債権者委員会の委員長、副委員長となり、また川越開発の増資を行なっていたとはいえ、債権者集会は、主に金融業者の一部の集まりであり(銀行関係などは出席していない)、その債権者集会も担保権を持つ者と持たない者、担保権の多少による債権回収の思惑の相違から足並が揃わず、せいぜいこれまで担保であった会員券あるいは担保のなかった者に新たに発行する会員券を売却した場合には、(有)初雁がその登録を受けつけることにより、債権回収の道を閉ざさないことが大体合意されていた位であった(原審においては二七万円の拘束力の趣旨が相当時間を割いて争いとなったが、この点は原審判決において検察官主張が論破されていると評価できる)。債権者集会に出席した債権者中にも、同調せずに退席した者がいたばかりか、アイチはその有する川越開発振出しの手形をあくまで取立てに回す気配を示していた(アイチの動きについては原審判決も認めるところである)。さらには、岡野は自らが川越開発倒産の原因を作っておきながら、その事実上の経営権を取られた後も志賀から保管を受けた代表者印等で川越開発振出しの手形を作出し、川越開発に対する岡野自身かあるいはこれに近い者の債権のいずれかは不明のものの、第三者名義で手形を取立てに回すとの情報が入っていた(昭和五三年一月末日ころ現に取立てに回されている)。

さらには志賀、吉村がハワイで話し合った当時は、未だ川越開発に保全命令をかけることさえ話題になっていないころである。

(二) かような不定要素が多くある中で、被告人両名の力で切り開いていける事柄は、さほどないと思われ、志賀にとっては、無事コース経営をなす中で、債権回収がはかれれば良いという考えであったのである。志賀がゴルフコース経営を担当し、吉村が年会費の徴収や会員券の登録、名義書換えを担当するとの話合いも、昭和五二年年末までには話し合われ、ともかく両名及び他の債権者も含めての債権回収には、川越開発を倒産させずにその会員券に流通価値を持たせつつ、コース収入をあげていくことが是非必要であるとの認識であった。この話合い自体が横領の共謀になるとは原審判決もいっていないと思われる。ハワイにおいて吉村が、会員券を今後できれば売却したいと話したことは志賀も聞いているが、川越開発の二度目の不渡りを回避できる目途さえ立っていない状況下で、志賀にとっては、他の担保債権者が売るように一〇〇枚や二〇〇枚ならばともかく、大量の会員券が売れるとは目先の話としては信じられなかった。弁論でも述べたとおり、志賀は昭和五二年年末に岡野がローデムに三〇〇〇枚売却しようとして断られたことを目の当りにしているから、吉村の会員券売却を今後したいとの話は、精神的な疲れや不安感を払拭するための夢物語位にしか思えなかったのである。吉村は、ハワイにおいてローデムへの売却やアイチとの交渉を志賀に話したとし、原審判決もその根拠が説明されたと認定するが、志賀はこれを聞いた憶えはなく、例え吉村が話したとしても、大量の会員券売却は当面(即ち川越開発の二度目の不渡りがなされる可能性が除去され債権者が落ち着くまで)不可能と判断していた志賀の記憶に残る程現実味のある話とは思えなかった。志賀は、この当時コース経営及びその収益こそ債権回収のためには重要であると考えていたから、川越開発の増資の吉村の提案に対し、右の点から納得したもので、新規会員券を発行する立場であるとか、新規会員券を発行する具体的可能性などは考えておらず、また新規会員券を発行したいという欲求さえ持っていなかったのである。確かに川越開発の不渡りを回避するための防衛資金をつくらなければならないとの気持は志賀にはあったが、会員券売却自体が現実的に不可能と思っていたことは変らなかった。もし吉村が志賀にローデム売却についての具体的な話をしていれば、その後一月二一日にかけて報告するところ、志賀は、ローデム売却後に始めて二億円で売れたと聞いているにすぎないことも、ハワイにおいて、吉村が会員券売却の具体的手順を話していない証左である。

四(一) 以上のような事実関係の下では、そもそも志賀に吉村が新規会員券売却するにつき、共同意思主体の元に行動しようとか、吉村を利用して利益を上げようという意思がない。担保を共用する話はでていたが、これは、あくまでも両者の担保権が金員に変えられていったならば、債権額に応じて債権回収に振り分けるという話であり、横領に向けられた話とは全く性格が異なり、犯罪を構成するものではない。前記したとおり、共謀共同正犯に正犯性を持たせる「共謀」の評価は単に話を聞いただけではなく、その計画に参加し、打合せするなどの事実が少なくとも必要と思われるところ、志賀は吉村の話を聞いているだけにもかかわらず、何故正犯としての評価が与えられなければいけないのか、志賀はもとよりのこととして、弁護人は全く納得し得ないところである。会員券売却を志賀が提案したものであるとか、志賀が吉村に対しその行動を命じうる立場にあるならば格別、証拠全体を判断して明らかなとおり、会員券売却は吉村が自ら求めて行動していたものであり、また両者の関係は、志賀が吉村から求められて脱税指導を行ったことはあっても、吉村は志賀の言うことをそのまま聞くわけでなく、自己の利益を自ら判断して行動する人間である。従って、仮にハワイにおける話し合いの当時、吉村自身が債権以上に会員券売却代金から利益を得ようと考えていたとしても、志賀にとって会員券売却の話を聞いたことは共謀とされるべき謂はない。

(二) また原審判決は、志賀が会員券売却代金の分配を債権回収として行なうとの認識がなく、債権をそのままに残して分配するとの意思であったとし、分配の共謀は遅くともハワイにおいてなされたとするのであるから、この認定に沿えば、ハワイの話し合いの当時既に志賀に債権回収を離れて会員券売却代金から分配を得ようという認識がなければならないはずである。何故ならば、新規発行する会員券が担保会員券を振り向けたどうかの主張は後述するとして、川越開発として新たに売却する会員券であったとしても、原審判決は、「債権者が債務者会社を支配し、優先して自己の債権を回収することは」不当視し得ない旨判示する以上(一五六頁)、志賀が債権回収として分配を受けた限り、違法性がないものであり、債権回収のための話し合いであれば「共謀」という刑法的評価を受けるものではないからである。昭和五三年一月初旬の川越開発及び債権者の状況は、前記三で述べたとおり、被告人両名にとって未だ将来の予測が立ち得ないときであり、志賀にとって、一億三、五〇〇万円の債権さえ回収し得るか不安なときに、債権回収を離れて分配しようという意図など全く持っていなかったものである。そもそも志賀が債権者委員長になり、川越開発のコース経営を考えたのが債権回収のためであることを踏まえるべきである。原審判決は、その筋をはずれ、検察官同様、その後の債権処理の行動を判断して、遡ってハワイにおける志賀の意図を認定しようとするものであり、正しく事実を認定するものではない。また志賀の場合検面調書の段階から債権回収を離れて儲けようという意図などなかったことが明らかであり、公判で明らかにしたとおり、もし吉村によって会員券が売却されれば、それだけ債権回収が早くなるとともに、(有)初雁のコース経営の代表者の地位が確保されることによる役員報酬を見込まれるとの本趣が、検察官の巧みな作文によって変容されているにすぎない。

志賀のみならず、吉村も川越開発に対して債権を有し、その回収のため行動していたのであるから、ハワイにおいて債権回収とは無関係に会員券売却代金を分配すると話し合われたとするならば、少なくともその意図が明らかにされていない限り、両者とも債権回収に向けての話し合いであったと解するのが素直な評価である。

(三) 原審判決は、志賀が実行行為をしていないことは明確にしているが、一方では、吉村が志賀に横領の協力、加功を求めたかの如き認定している(三〇五頁)。しかし、弁護人としては、全証拠からして志賀には、実行行為はもとより、吉村の実行行為に協力、加功の事実もなく、また吉村からこれを頼まれたこともないと判断する。ハワイにおいて吉村が会員券売却をする旨の話しを志賀にしたとしても、志賀は吉村から何も頼まれていない。昭和五二年末の島掛に対する二〇〇〇枚の会員券印刷の指示が旧券と区別するためであったこと、志賀のコース経営は、債権者会議はもとより川越開発の役員も認めていたところであり、志賀自身債権回収の方途として考えていたことからすれば、これらの行為はいずれも、横領に加担する意図のもとに行なわれたものではない。原審判決が、志賀は債権者委員長として吉村の横領を制止し、これを断念すべきであるのにこれをしなかったという不作為をもって、協力、加功とするならば、志賀の債権者委員長としての立場、権限、吉村との関係を細かく証明しなければ、売却代金の分配にあずかったとの一事をもって、連帯責任を科する結果となる。志賀は、吉村の会員券登録業務等については口をはさまない旨の業務分担があったことからすれば、志賀に吉村の横領を制止する法的義務があったとは断じ得ない。吉村には担保の会員券があったことからすれば、志賀にとっては余計に吉村の会員券売却を制止することができなかったことは明らかである。

第三、吉村の売却した担保会員券の性格

一、原審判決は、吉村自身の担保会員券保有枚数として一七一〇枚を認め、さらにアイチよりの譲渡分として八五〇枚を認定し、昭和五三年一月二一日当時処分可能な枚数は二五六〇枚、同年二月二〇日以降は二四六〇枚とする。担保会員券の枚数及び売却した会員券が担保会員券であったか否かは志賀の経験した事実ではないため、詳しくは吉村の控訴趣意書を援用することとなるが、原審判決の売却された会員券の性質にかかる認定のうち志賀の弁護人からみても肯定し得ない点を以下論ずる。

二、原審判決は、担保会員券を新規印刷券と差換えるためには、新旧両券の対応関係を個別的、具体的に明確にしておくことが必要だとする。しかし、会員券の登録業務は吉村が責任をもって行なっていたところであり、吉村において、担保会員券枚数をとらえていれば、少なくともその保有した分についての売却は、債権回収の一貫として評価されるべきと思われる。吉村のみならず、他の担保会員券を有した業者も昭和五三年一月以降これを売却した事実があるのであるから、原審判決が、二四六〇枚の保有を吉村に認めながら、債権回収とは関係ないというのは、あまりに暴論というべきである。吉村が旧券を売らず、これをシュレッダーにかけたというのは、まさしく担保会員券分の債権回収は少なくとも受けたと考えたからこそと評価するのが常識である。原審判決は、当初から吉村が債権回収とは全く関係なく、会員券を売却したとするならば、シュレッダーにかけて旧会員券を抹消することも吉村にとっては必要なかったことと思われるのである。

三、また原審判決は、昭和五三年二月下旬ころ、被告人両名が会員券売却代金の分配協議をした際、被告人吉村が「担保会員券を売ったことにしよう」と答えたことをもって、真実担保会員券を売ったものではなく、他の債権者から追求を受けた場合の弁解に過ぎない旨の認定をするが(一七五頁以下)、二、〇〇〇枚の会員券がローデムに渡されていたのが、右話合いの後とすれば、吉村に担保会員券が存する以上、新規会員券に振り変えていくことが可能であるとし、少なくとも志賀はそう信じたのである。しかも、志賀が担保会員券を振り替えたものをもってローデムに交付し、その代金を受領するのであれば、なんら問題ないものと考えて、代金たる手形を受け取ることは自然である。原判決が単に他の債権者に対する弁解としてしか評価しないことこそ、一面的評価にかたよった事実認定でしかない。

第四、志賀の会員券売却代金の受領は、権限にもとづく債権回収である。

一、第一審判決の要旨は、被告人吉村の処分可能な担保会員券は、昭和五三年一月二一日現在で二五六〇枚あり、これら担保会員券の処分価格については、制限がなく、自由に販売できるものであったが、実際に吉村が販売した会員券は、担保会員券ではなく、吉村が新たに印刷させた川越開発の新規会員券であって、吉村及び志賀は、遅くとも昭和五三年一月上旬にハワイに於て、これら会員券を販売して、販売代金を横領する謀議を行い、この共謀によって吉村がローデム等に売却した会員券の売却代金(手形等)を横領したものであり、この際、吉村は志賀に内緒で一億円を志賀より多く取得したが、二人の共謀がある以上、志賀は販売代金全部について横領の罪責を問われるべきであるというにある。

このうち、ハワイにおける共謀の認定は事実誤認であり、この点に関する控訴の理由は別に述べることとする。又、判決が販売された会員券が担保会員券でなかったとの認定も又理由のないものであるが、仮に原審認定のとおり、販売された会員券が担保会員券でなかったとしても、被告人志賀が横領罪に問われるべき筋合がないのであり、この点に関する一審判決の理由は不備であり、且つ事実認定に誤りがあるので、以下この点を論述する。

二、仮に原審の云うように、吉村が売却した会員券が吉村の処分可能であった担保会員券でないとするならば、売却された会員券は川越開発が売却し、売却代金は川越開発に帰属することとなるが、この場合被告人志賀を横領罪として問責する為には、左記の諸点が吟味されなければならない。

1.被告人吉村又は志賀において、新規会員券を川越開発の為に売却する権限があったか否か。

2.権限があったとすれば、その売却代金につき何らかの制限があったか否か、

3.一般的に会員券売却代金を、川越開発の債務の弁済に充当する権限が、被告人らにあったか否か、

4.被告人らに会員券売却代金を、川越開発の志賀又は吉村に対する元本及び遅延損害金債務の弁済に充当する権限があったか否か、

5.これら遅延損害金の請求につき、利息制限法又は債権者集会上の制限があったか否か、

6.被告人志賀は、現実にこれら債権(元本及び遅延損害金)の弁済として会員券売却代金を取得したか否か、

三、原審によれば、売却された会員券は、川越開発の新規会員券であり、被告人吉村は、川越開発の実質的経営者として、これら会員券を売却処分する権限があったことを前提としており、判決書によれば、「しかし、事柄を民事法上の観点からみれば、債務者が倒産状態に陥ったとしても、当然に利息ないし遅延損害金につき権利行使が許されないいわれはなく、例えば、利息制限法違反のものでも、効力は別として、その例外ではない。又、債権者が債務者会社を支配し、優先して自己の債権を回収することは債権者平等の見地から批判、是正を受ける余地を残しているとしても、利害打算を至上のものとする商人間にあっては、あながちこれを不当視することは当を得たとはいえない(一五五-一五六頁)のであり、一方「もともと債権者集会においては、川越開発自身が会員券を新規に発行して売却し、弁済の原資とする場合の値段について制限がつけられておらず、又実質的に倒産した川越開発の債権者が債務の弁済に代えて交付を受ける会員券の値段と会員券販売業者が川越開発から仕入れる値段とが異なっていても、さして不合理とは考えられない」(一九四頁)と認定する。上記は当弁護人が第一審の弁論で詳細に論証した点と同一であって、1.被告人らが川越開発の会員券を売却する権限を有していたこと、2.当該会員券の売却値段については何ら制限がなかったこと、又5.被告人志賀は元本の他利息遅延損害金を請求する権利があり、6.遅延損害金について、利息制限法違反のものでも例外ではないのである。即ち、被告人らは、川越開発の新規会員券を自由に売却する権限を有しており、又被告人らは川越開発に対し、元本の他遅延損害金を請求する権利をも有していたものである。従って、残る問題点は、被告人らが会員券売却代金を川越開発の債権(被告人らのものを含めて)の弁済に充てる、即ち、債権の弁済を行う権限があったのかどうかという点と、事実被告人志賀が会員券売却代金を自己の川越開発に対する遅延損害金の弁済として受領したか否かである。前者、即ち、被告人らに川越開発の債権の弁済を行う権限があったか否かについては、第一審判決が正しく指摘するように、「債権者が債務者会社を支配し、優先して自己の債権を回収することは……不当視することは当を得ない」のであり、判決自体、被告人らが、債権の弁済を行う権限を有していたものと認定しているものと思われるが、もしそうであれば、被告人志賀が川越開発の会員券売却代金を、自己の債権(利息損害請求権)の弁済に充当したとしても、正にその権限内の行為であって、横領罪の構成要件である不法領得の意思も存せず、又権限を越えた行為も存在しないのであるから、横領罪を構成する云われはないわけである。尚、判決の記載は被告人らの「弁済権限」につき、明確性に欠ける点があるが、これを補充するならば、当弁護人らが第一審の弁論で述べたように、検察側にとって重要な証人である岡野及び関口の両証人は、会員券売却代金を弁済にあてる権限は、川越開発の増資後は、志賀、吉村に移転し、被告人らが弁済権限を有していたことを認めており、又、当時の債権者達も志賀、吉村が会員券売却代金から弁済を受けるのは当然と思っていた点を指摘したい。

又、以上の点は、一般的に経済社会で是認されているところでもある。即ち、一例を挙げれば、銀行が貸付先が倒産の危機にある場合、なお経営の如何によっては弁済能力があると判断し、且つ自己が主銀行であるような場合には、有形無形の力を行使して自行から役員を派遣し、時には代表取締役あるいは経理部門の役員を自行の者で押え、時期をみて自己の債権を優先的に回収(弁済)するのであるが、このような場合に、他の債権者との関係で民事上問題がありうることはともかくとして、一旦弁済権限を取得して、これによって自己の債権の弁済を行うことは日常的に行われていることであり、道議的にはともかく、刑法上の横領罪をもって問擬されることはないのである。もし、このような場合に刑法上の横領罪が成立するのであれば、銀行は自己の債権を円滑に回収出来ないばかりか、多大の出損をして貸出先企業を援助しなくなり、結局その企業にとっても、又他の債権者にとっても、経済的には不利益な事態を招き、経済社会の円滑な取引が阻害されることとなるであろう。正に原審判決が云っているように、「債権者が債務者会社を支配し、優先して自己の債権を回収することは……不当視することは当を得たものといえない」のであって、本件において、被告人志賀が、判決のいう川越開発の実質的経営者として、川越開発の債権の弁済を行う権限を有していたことは否定すべくもないのである。事実又被告人らは、ゴルフコースの維持に関連する他の債権者らへの債権の弁済を行っており、このことを誰も刑法上の問題として指摘する者はいないのである。

四、以上の結果、明らかなように、残る唯一の問題は、被告人志賀が、本件会員券売却代金を受領した行為が、自己の債権の弁済に充てる趣旨であったか否かである。

原審判決は、被告人志賀が会員券売却代金を取得したのは、自己の債権の回収の為でない理由として、

1.主債務者たる日本デベロに対し、川越開発が返済した旨の通知をしていない。その為、昭和五四年二月期のデベロの決算書には、志賀からの借入金一億三五〇〇万円が記載されている。

2.被告人志賀は、本件公判中に「債権弁済充当一覧表」を作成して提出するまでの間に、正確な計算をして未収の遅延損害金額や残元金額を算出してみたことがない。

3.当該一覧表によっても、昭和五四年七月九日現在の残元金は一億一七七一万円余しかなかったに拘らず、尚、元金は一億三五〇〇万円残っているなどとして吉村にその債権を売却している。

4.会社整理申立にもとづく保全命令を得た。

点をあげている。しかし、これらはいずれも志賀の債権充当の意思を否定する理由にならないばかりか、事実を曲解しているものである。先ず、日本デベロに対し、弁済を受けた事実を通知していないので、デベロの決算書に一億三五〇〇万円が計上されたままであるという点であるが、なるほど、デベロに書面で通知をしていないとしても、当時のデベロの責任者の一人である関口は、昭和五三年五月頃、自己が志賀にそれまで支払っていた志賀の本件債権の利息を志賀から以後払わなくてもよい旨伝えられ、非常に助かったと思い、「金利はどこからか調整されるのかな」と思った旨証言しているのであるから、志賀が利息債権の弁済を他から得ていることを十分に認識していた筈であり、当時デベロが利息を支払える筈がないことは同人は十分承知していたところであるから、結局志賀が川越開発から利息の支払を受けていることは充分に推測できる状態にあったのである。ところが、関口は、自らがデベロの為に志賀に対し利息の支払をしていながら、デベロの帳簿に自己の代位弁済による求償債権も計上しなかったのであるが、これと全く同様に志賀に対する遅延損害金の川越開発の支払についてもデベロの帳簿に計上しなかったのである。即ち、関口は自分が志賀に支払った利息の求償権さえデベロの決算書に記帳しなかったのであるから、まして他人(川越開発)が支払った利息を計上する筈がないのである。もともとデベロの帳簿は杜撰極まりないものであり、他の債権者に対する未払利息さえ記帳されていないのであって、かかる帳簿を根拠に事実認定を行うことは許されるものではない。ましてや志賀の認識としては、元本は依然として一億三五〇〇万円存在するのであるから(この点は後に詳述する)、デベロの決算書に一億三五〇〇万円の計上があり、利息の支払の計上がなされていなくても、むしろ当然のことである。従って、この点に関する原審の判断は的外れの議論というべきである。

次に「債権弁済充当一覧表」を志賀が提出するまでの間、正当な遅延損害金や残元本額を算出していない点であるが、これ又事実を正確に理解していない理屈である。志賀が、本件が横領事件として問題とされるずっと以前に、即ち昭和五四年七月に、吉村に一切の権利を譲渡した時点において、吉村から志賀は既に川越開発に対する債権の弁済を受けてしまって、もはや債権は存在しないのではないかと質問したことに対し、志賀がそれまでに回収したのは、遅延損害金ぐらいである旨返答したことは、吉村の捜査段階からの証言で明らかである。勿論、その際に計算書を示したわけではないが、志賀の頭の中では遅延損害金の返済を受けた意識があるからこそ、かかる発言になったのであり、だからこそ、原審も認めるような元本一億三五〇〇万円に加えて、利息損害請求権が存在する等とは一言も吉村に云っていないのである。又、捜査段階においても志賀は取調検事に対し、何回もそのような説明を行い、計算機があれば計算出来る旨申し述べたに拘らず、担当検事は一切このような機会を与えることなく、取調べを続行したものである。検察官は、頭から志賀が主張するような利息、損害金の請求は志賀にはないと決めてかかり(事実論告においても検察官はそのように主張した)、志賀の主張を裏づけるような計算を一切行わせなかったのである。一覧表の提出は単に公判に至って思いつきで作成されたものでなく、裁判官の理解を得易いように、志賀の頭の中で当時から行われていた計算を書面にしただけのことである。従って、一覧表が公判期日になって初めて提出されたから、損害金充当の意思がなかったなどと推論することは、見当はずれと云うべきである。

最後に、吉村に対し一切合切を四億円で売却した際、一億三五〇〇万円の債権があるとした点であるが、確かに、志賀の川越開発に対する一億三五〇〇万円の債権が譲渡の対象になっていたため、一億三五〇〇万円の債権が残存している旨、吉村に話したことはあるにしても、そのことは、一億三五〇〇万円の債権の利息を一切受領しなかったことの証拠にはならない筈である。もし、志賀が損害金の返済を受けておらず、既に受領したものは遅延損害金とは関係がない金であるとの認識であったとすれば、一体志賀が元本のみの金額を吉村に申し出るであろうか。原審が当該債権の譲渡原価として評価した金額だけでも昭和五四年七月九日現在で、一億八一九五万円余(二八〇頁)になるのである。ましてや、約定金利で計算した場合には金二億三八〇〇万円以上となるのであるから、若し、志賀が遅延損害金の返済を受けていないのであれば、吉村に対し、元本の一億三五〇〇万円ではなく、もっと高額の価格を主張し、従って、一切合切を四億円とした金額はもっと高額になっていた筈である。志賀が吉村に対し、このような主張をしなかったことは、正に志賀が損害金の返済を受けたという認識があったからに他ならない。

なお、原審は、志賀の複利計算は採用されないというが、民事法上複利計算が可能か否かという問題と、被告人の意識として、損害金の返済を受けていたか否かという問題とは、おのずと異なるものであることは云うまでもない。仮に複利計算が許されないとしても、債権譲渡時には少なくとも元本は金一億一七〇〇万円は存したわけであるから、これを多少多めに評価して吉村に売りつけたとしても、それは志賀と吉村の取引全体に関する利害からすれば、今後の見通しを考えた場合、吉村にとって必ずしも高い買物にはならないのであるから、何ら不当視しなければならない云われはない。当時、志賀さえ手を引けば川越開発も(有)初雁も全て吉村個人のものとなるわけであるから、吉村にとって志賀の川越開発に対する債権元本が一億三五〇〇万円であっても、一億円であっても、債権元本が実質的に十分の金利を生ずるものとして存在する限り、どちらでもよかったのである。吉村にしてみれば、元本が仮に一億円しかないと云われても、なお四億円出して一億三五〇〇万円の額面のある債権を取得した筈である。ましてや、志賀の計算では、元本は依然として一億三五〇〇万円以上存在するわけであり、吉村にこれを一億三五〇〇万円で売却したとしても、このことは、志賀が損害金の返済を受けなかった証拠にはならない筈である。以上のように、原審認定は事実誤認、経験則違反に基づく事実の認定等、全く理由のない結論であると思料する。

なお、保全命令の点は、当弁護人が原審で弁論したように、それ自体は弁済権限を否定するものではないし、特に最初の手形横領容疑については、保全命令前の行為であることに留意すべきである。従って、保全命令をもって被告人を横領罪と断定することは法令上許されるべきでない。

五、ところで、右記のように、志賀が本件会員券売却代金を受領したのは、あくまでも権限にもとづいて、遅延損害金の返済を受けた正当な行為であるが、原審は、吉村には債権回収の意思がなかったので、あたかもこのことが同時に志賀においても債権回収の意思がなかった理由であるかの如くであるので、この点について論述することにする。

原審認定のとおり、吉村は当時川越開発に対し、金八〇〇〇万円の貸付金債権を有しており、これに対し高金利をとっていたが、川越開発倒産後は金利、元本とも返済を受けておらず、従って志賀の認識としては、吉村がローデムに売却した会員券の代金二億円(原審認定のとおり志賀は二億円での売却であると信じていた)から、アイチ立替分を除いて、残余を折半して取得しても、吉村自身の川越開発に対する元利金合計には到底達しないし、その後の会員券売却代金の取得も、あくまでも吉村自身も債権の回収を行っているものと信じていたのである。あにはからんや吉村は、実際は三億円で会員券を売却しながら、志賀に内緒で一億円を優先的に取得していたことを、本件が公に問題になった後に知ったのであって、吉村が当時自己の川越に対する債権(元利金)を越えてまで、会員券売却代金を取得するとは夢にも思わなかったのである。従って、吉村が、債権回収の意図があったのかなかったのか、現在は志賀には分らないが、仮に吉村に債権回収の意図がなかったとしても、志賀は吉村に騙されただけであって、吉村が債権回収を越えて会員券売却代金を取得したとしても、このことについて志賀が共謀し、あるは黙認をするわけはないのであるから、志賀が、吉村の債権回収の有無について、吉村も又債権を回収したいと認識した以上、吉村の不法領得の意思を志賀が共有することはないのである。

六、原審は、志賀には債権の実質上の回収を計りたいという気持があったが、本件会員券売却代金の分配を債権回収と具体的に関連させ、債権の回収として行うものであるとの認識がなかったと認定する(一九八頁)が、志賀は取調段階から一貫して述べているように、志賀にとって最大の関心は、自分が他人(伊藤久美)から借入れて又貸ししている債権と、利息の回収以外に眼中になかったことは明らかである。勿論、万一川越開発又は(有)初雁の運営が軌道に乗れば、その経営者としての利得が得られることを期待していたのも事実である。しかし、実際の債権(元利金)を越えて、会員券の売却代金を取得する意思はなかったし、事実これを越えて会員券売却代金を取得した事実もない。

原審は、債権回収との具体的関連を主張するが、第一回目の分配手形が現金化されるようになった直後に、それまで関口から取得していた利息を払わなくてもよい旨関口に申し出た事実は、正に志賀が具体的に金利の弁済として、会員券売却代金を取得しているとの認識があった証である。若し、金利を取得しているとの認識がなければ、志賀は、当時関口から物的担保も取得し、又関口自身も支払能力のある人物であるからして、容易に利息の請求を関口に行うことが出来た筈である。にも拘らず、関口に対してこのような請求をしなかった点は、如何ように説明できるのであろうか。原審はこの最も重要な点を、ただ単に「多義的に解されている」等という意味不明の一言によってしか説明していないが、正に原審が説明出来ない程明瞭に、右記事実は志賀が、当時利息損害金の回収を行っているとの認識を有していたのである。更に、若し具体的に利息の回収と関連して分配金を受け取っていないならば、何故、利息を請求しなかったのであろうか。特に吉村に債権譲渡する際も、原審が認めるような利息を加算した金額を吉村に要求しなかったのであろうか。更に、吉村は何故、川越開発に対し、志賀から譲受けた債権の元本に加えて未払い利息を要求し、担保権の実行を行わなかったのであろうか。とりもなおさず、志賀も吉村も、志賀が債権の利息を回収していたことを具体的に認識していたからに他ならない。さらに、同じ頃、最も強力な連帯保証人であった栗城至誠から受けていた連帯保証を志賀が解除してやった事実は、前項志賀の債権回収の事実を立証するものである。より重要な点は、志賀は、本件川越に対する貸付金の実質的貸主(金主)である伊藤久美に対し、高利の金利を支払い続けていたのは、正に志賀が利息を回収していたからに外ならない。若し、志賀が金利の回収をしていないのであれば、伊藤久美に対する対応する金利を支払わなかった点である。

第五、所得税法違反について

一、本件で最大の争点は、千代田リースから架空金主に支払われた利息金のうち、吉村と志賀がどれだけづつ取得したかである。原審も認定するように、本件争点につきこれを直接認定し得る帳簿等の物的証拠は存在しない。原審は、先ず、志賀が架空金主の税務申告を引受けたか否かを検討し、これを積極的に肯定し、然る故に、分配割合に関する吉村供述が正しいという結論を導き出している。しかし、志賀が架空金主の税務申告を引受けたか否かという問題と、志賀が吉村供述のような金員を受取ったか否かという問題は全く別の問題である。即ち、たとえ志賀が税務申告を引受けたとしても、若し、吉村に、もともと架空金主の税金を支払う意思がないか、当初あっても後でなくなっていれば、志賀は税務申告をしようにも出来ないのであり、吉村が金利の殆どを取得してしまい、税務申告をすることを嫌がるか、拒否する場合には志賀がそれ以上介入する余地はないのである。

二、そこで、この点につき原審の認定、推測に誤りがあるので、以下順次これを申し述べることとする。

確かに原審も指摘するように、当初ビバリー商事時代とは異なり、架空金主の口座を設定し、その際、架空金主側の受取利息につき、被告人両名間で何らかの話し合いがあったと推測することは可能であろう。しかし、そのことは直ちに、吉村が志賀に対し、架空金主の税金用として受取利息の四分の一を事前に渡すことを同意したことを意味することにならない。弁護人が原審の弁論で論述したように、若し、架空金主の税金を支払うことによって税金問題を解決する意思であるなら、他の架空金主である西原正雄、或は吉村個人の分についても税務申告すべきであるが、吉村は全然これを実行していない。原審はこの点つき「被告人吉村の用意した架空金主と被告人志賀の用意した架空金主を同列に論ずることは適当でない」と云う。しかし、それでは同じく志賀の用意した架空金主である山川和夫の分について、何故にその税金分が支払われなかったのであろうか。原審の論理では山川和夫についても、税金分が志賀に支払われておらなければ首尾一貫しない筈である。原審のこの点に関する推論は根拠がないのである。

弁護人は、原審の弁論で述べたように、吉村のような金融業者が高額の金員を利用することなく、つまり税金として渡されたと称する現金が現実に必要なのは税務申告後、税金を支払うべき時であるに拘らず、事前にこれを志賀に渡して、長期間滞留させることに同意する筈がないのである。吉村は当時、第三者からも資金を借入れて金融業を行っていたのであるから、若し、金利のかからない自前の金員が税金を支払うまでの間利用できるとすれば、当然に他からの借入れはやめて自己の資金を使用した筈である。原審はこの点につき「本件のような手数料の支払形態に鑑みると必ずしも不可解とはいえ」ないと言うのみで、具体的な説明をしていない。又、吉村が志賀に対し、税務申告がしていないことを知った後も、被告人志賀に抗議していない点につき、当時被告人両名が協力して(有)初雁の経営を行っていたという関係に鑑みれば、必ずしも不可解とはいえないと云う。しかし、当時、少なくとも吉村が架空金主の税金の申告をしていないことを知った昭和五四年三月期の決算以後の志賀と吉村の関係は、決して「円満」な関係でないことは、その年の七月に吉村と志賀間で、志賀の一切の権利を吉村に売却する話しが出来、その際両人間で譲渡代金につき、激しいかけ引とやりとりがあったことからして明らかである。右記譲渡代金について、両者間で種々かけ引が行われたわけであるが、吉村はその際何故志賀に対し、架空金主の税金が支払われていないことを指摘し、支払ったと云う税金分の返還を要求しなかったのであろうか。吉村の主張どおりであれば、少なくとも一億円を越える金が税金用として志賀に渡されたに拘らず、これが支払われていなかったのであるから、当然にその返還を求め得た筈であるし、これほど強力な値段交渉の武器はない筈である。ましてや、当該譲渡代金の内一億円は、吉村が志賀から借りたわけであるから、吉村はこれを返さないと主張することも出来たし、それによって吉村は失うものは何もなかった筈である。にも拘らず、何故、吉村はその返還を請求しなかったのであろうか。更に何故に発覚後約一八、〇〇〇ドルもの金を志賀に支払って虚偽の陳述を要請したのであろうか。理由は簡単である。吉村は彼が主張するような架空金主の税金分を実際は志賀に支払っていなかったからである。更に原審は、被告両名が円満な関係であったと認定するが、円満な関係にある人間が、ローデムに売却した会員券代金が三億円であるのに、これを二億円で売ったと志賀を欺くであろうか。全くかかる認定こそ不可解と云わざるを得ない。

三、次に原審は、いくつかの事実関係を適示して(二五六-二六三頁)吉村供述を信用出来るとするのであるが、その理由とするところは、何ら具体的証拠に基づいているわけでもないし、むしろ逆の推論も可能な事柄ばかりである。本件で重要なのは、吉村に納税の意思があったか、事実納税したかである。

原審はあたかも吉村が従前と異り、架空金主の税金を支払う意思があったことを前提にしているが、そもそもその前提自体が間違いである。原審がいうように、ビバリー商事時代に比較して脱税の方法が一段と巧妙化しているのであれば、何故に吉村は架空金主の税金を支払う必要があろうか。吉村が架空金主の税金を支払うということは、少なくとも受取利息の四分の一を税金として支払うことであるから、少なくともその額について、吉村が納税の気持ちをもっていたこととなる。しかし折角「一段と巧妙化」した方法であるのであれば、吉村がなお且つ、税金を一部でも支払う筈がないのである。原審認定のような事実が真実だとしたら、吉村は全面的に脱税をせず、一部は税金として支払うというのである。もし真実そうであるならば、他の架空金主についても全く同じ気持になる筈であるし、又、山川和夫分についても税金分を支払わなければ一貫しない筈である。ビバリー商事時代と比較して、多額の税金を支払い、従ってその分従前より吉村の所得が減ずるというような事を吉村が同意すると考える事自体不可解である。又、若し吉村が嘘を証言するなら、原審は、エム トレ分の歩率が下ったとか、志賀には手数料だけを支払っていたというような吉村に不利な供述を行わないのではないかと云う。しかし、原審は重要な点を見逃している。本件脱税事件は昭和五五年に発覚し、国税当局は、架空金主の口座、千代田リースの口座等、関係証拠物件を全て調査した上で、吉村を直接調べ出したのであった。吉村が逮捕される以前から、現在法廷に提出されている帳簿、口座元帳等は吉村に明らかになっていたのである。従って当然ながら、国際経済及び荒木の場合とエム トレの場合には金利自体が異っており、他は四パーセントであるのにエム トレのはわずか月二・五パーセントであるから、若し、国際経済と荒木の場合と同じ主張をしようとすると、即座にその矛盾が明らかになるので、エム トレの場合は異なった理由を考え出したのである。もともとエム トレの場合も虚偽の陳述をしているわけであるが、金利が他と異なっていたので、あれこれ事情をねつ造しているだけである。したがって原審がエム トレに関する吉村の供述を信用すること自体不可解であり、いわんやこれをもって、他の供述を信用できるとすることは常識的に考えられない。

原審は、又、吉村は、吉村の供述どおりに行うことによって、裏金を表に出せる大きな利点があるという。これ又不可解な見解である。吉村が全部脱税しても、架空金主の税金を一部支払っても、いずれの場合でも吉村の裏金が公然と表に出し得るものではない。実際の税務調査が、架空金主について行われる場合は、いずれの場合でも結局は資金の源泉は明らかになるのであって、このような事は吉村は重々承知しているところであるから、表に出せることを利点であると考える筈がないのである。

仮に吉村が利点であると考えたとしても、だからと云って吉村が志賀に受取利息の五五パーセントにものぼる金を支払うと考えるのは、彼が本件以外の志賀が関与しない所得の全てについて脱税を行っていることを考慮すれば、全く不合理な推測と云うべきである。

原審は更に、吉村が受取利息全額を税務申告した場合と、吉村供述のような方法の場合では、前者の方が計算上多くの税金を支払うことになると云う。これはそもそも吉村が税金を支払う意思があることを前提にした考え方であるが、これは吉村にはもともと税金を支払う意思が皆無であるという重大な事実を見逃している。前述のように、もし吉村に納税の意思があるならば、西原正雄分についても又山川和夫分についても、全く同じようにしなければ本来の目的を達することが出来ない筈である。しかし実際はそうしていないのであって、もともと吉村は、如何なる場合も税金を支払う意思がなかったことは、他の全ての会社について税金を一切支払っていなかった事実からして明らかであり、単に後日計算をして有利だ等というのは、吉村の納税意識が零である点を無視した空論である。ましてや、吉村は今までそのような計算をしたこともないし、過去にそういう計算をして、一部税金を支払った方が有利になると思った旨の供述もない。この点は原審が通常の納税意思がある者を前提にした推測であって、吉村のように通常人とは異り、納税意識の皆無の者を相手とする場合にあてはまる議論ではないのである。百歩譲って、仮に原審の云うような計算をして、吉村が一時有利と考えたとしても、だからと云って、納税資金を毎月志賀に渡していたことにはならないし、又支払額も吉村の供述が正しいということにもならない。志賀が公判廷で供述するように、納税期になると吉村は税金を支払うことが嫌になり、虚偽の決算をすることを要求した(高橋証言)のであるから、仮に原審認定のような考えが頭にあっても、実際に支払う段になって吉村が拒否することは十二分にあり得る話しである。

以上の次第で原審認定の事実は全面的に承服できないものである。

四、受取利息の計算に関し、昭和五四年分につき、検察官主張の金額より多い金額の認定をすることは許されないと思料する。従って、昭和五四年分の受取利息を訴状より多く認定した原審には法令違反がある。

五、鉢形関係の収入の二〇〇〇万円は吉村に帰属すべきであり、これを志賀の所得と認定することは事実誤認である。島掛及び志賀雅之に支払った金員は全て損金計上されるべきであると思料する。何故なら、いずれの支払いも同人らの志賀に対する役務に対する対価として支払ったものであるから、経費性があり、換金として扱うべきである。

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